一度思いついてしまった可能性は、平和きわまる生活の中にあっても消えてくれなかった。
考えない方がいいと何度も思った。そんなことをしても、いいことは何もないと頭では分かっていた。それでも私には、今の私には、無限とも思えるほどの考える時間があった。
穏やかに過ぎる日々のうちに、私はあらゆることの『答え合わせ』をしてしまうようになった。ルーシーの顔を見るにも、彼女が屋敷に来たのはいつのことだったか……と考える。
「〈ルーシーが来てくれたのって、私が四歳くらいのときだったかしら。それまではどうしてたの?〉」
「〈そうですね。以前は別のお屋敷にいました。聾教育に関する学者さまのお屋敷で、私もそのうちに手話を学ぶようになっていたのです〉」
お父様が、私の成長には手話の使い手が必要だとして知り合いの学者をあたった結果、ルーシーを紹介されたのだという。その時からの付き合いなのだから、ルーシーも同じくアイラ様のことは知らないことになる。
「〈お母様のことを知ってる人って、屋敷にはいないものね〉」
ルーシーは少し考えて、ええ、と頷いた。私も聞いている――お義父様はアイラ様を亡くされた後、当時を知る使用人をすべて変えている。それを知った昔の私は、お義父様の絶望はそれほどだったのだと、その心中を思いやるばかりだった。
でも今となってはそれも何か理由があるように思えてきてしまう。
「〈お嬢様、アイラ様のことが知りたくなったのですか?〉」
少し迷いつつも私は頷いた。アイラ様が亡くなられた年齢に私もだんだんと近付いてきている。十八歳になった私が当時の母の話を知りたがるのは、きっと不自然なことではないはずだ。
「〈ローレンス様から、昔のお母様の話を少し聞いたの。でも、屋敷ではちょっと話しにくいことだから〉」
「〈そうですよね……〉」
ルーシーは一緒になって私の悩みに付き合ってくれた。核心的な話はできないままでも彼女は私の希望に寄り添い、やがてひとつのアイディアを提案してくれた。
「〈お嬢様、あの、侯爵夫人にお手紙を書かれてはいかがでしょうか〉」
「〈侯爵夫人って、社交界デビューをセッティングしてもらった、あの?〉」
「〈はい。確か、アイラ様と親しかったのではありませんでしたか?〉」
私は社交界デビューを果たした後、ルーシーにいろいろな話を語り聞かせたことを思い出した。ストラフォード侯爵夫人はアイラ様を「あの子」と言うような関係だったようだし……それに、頼ってほしいとも言われた。
私が体調を崩して静養に入ったことは、きっとお義父様から伝わっているはずだ。静養先の叔父から昔の母のことを聞き、詳しく知りたくなったと手紙を書けば――当時のことを教えてくれるのではないだろうか?
彼女の提案は、とてもよいもののように思われた。
「〈そのくらいなら、いいかしら?〉」
「〈ええ。郵便については、私にお任せください〉」
ありがとう、と頷く。このお屋敷から手紙を出せば、お義父様に知られることも、ルーシー以外の使用人たちにうっかり検閲されることもない――そんな打算が心のうちにあったことは否定のしようもなかった。
確かめるまで。確信が持てるまで、誰にも知られたくない。お義父様にであっても。
侯爵夫人からの手紙には、私をたいへんに気遣う言葉とともに、私を慰めるためのたくさんの昔話が綴られていた。
幼い私が聞いた以上のことが。
幼い私が悲しげなお義父様にとても聞けなかった情報が。
少女だった私が、無意識に頭の外に追いやっていた疑問の答えが。
大人になってからの私があえて話題にしようともしなかった真実が、そこには溢れていた。