「おはよう」
「……おはよう」
次の日の朝、庭に出るとポーロックがいた。初めて会った時と全く変わらないビジュアルだけれど、もう何故そんなことができるのかと聞く気にもならない。
彼が来ているような気がしたので外に出てきたのだけれど、本当にいるとそれはそれで驚いてしまう。彼は毎日会っているかのような自然さで私を見た。
「で、どうなったの?」
「ポーロックって、私の母のことを知ってる?」
「知らないよ。僕が協力するようになったのはその後だから」
「そう……」
私たちはまた並んで庭のベンチに座った。私もかなり背が伸びて、いつかの初対面のときよりベンチは狭く感じるようになった。
「お母さん絡みのことか。教授と話をするの?」
「そのつもりよ。だけど、いいのかなって」
彼はなんで、と短く聞いた。私が視線を彷徨わせている間も、彼は黙って待っていてくれる。いつも調子がよく私を振り回してばかりだし、それこそ私には見せない顔もたくさん持っているだろう。
それでもこの時間が大事だから、今までもずっと大事だったから、私は彼を嫌いになんてなれないのだ。
「私、組織の一員に……あなたたちの仲間になることは、できるのかしら」
仲間ね。
勇気を出して呟いた言葉を、ポーロックは軽く繰り返した。
「それってさ、僕が先に聞いていい話?」
「わからないけど。でも、お父様には考えをまとめてから話したいのよ」
「図太くなったよなあ、お嬢さんはさぁ……」
呆れたような顔を向けられても、悪意は感じ取れない。私が笑って誤魔化していると、ポーロックは意外にも真面目なトーンで私に問い掛けてきた。
「組織に入りたいってことだろ。犯罪者として?」
「犯罪者としてっていうか……」
私はお義父様から自分の出生の真実を知ったことを話した。
父二人の絶望を、信念を知ったこと。私も、秩序を守る存在になりたいと思ったこと……。
話しているうちに、我ながら影響されやすいと思った。それでも――それでも、いいじゃないか。子が親の面影を追いかけて、親が守ろうとしたものを守ろうとするのは、自然なことのはずだ。
「気持ちはわかるけどね。でも、教授は君を危険から遠ざけたくて伯爵令嬢にしたんじゃないの?」
「そう……だけど。でも」
「親の力になりたいわけだ。健気なことだよ、僕だったら絶対華やかな令嬢ライフを謳歌するけどな」
「令嬢ライフって」
ポーロックの軽い口調を、私は非難できなかった。
全てを教えてもらった訳ではないけれど、彼の今までの人生が苦難に満ちたものだったことは間違いなさそうだ――彼から見たら私は、きっと危険にわざわざ飛びこもうとする不思議な人間だ。
私のやろうとしていることなど、遊びのように見えるのだろう。
幸せに生きているのに。幸せに生きていけるのに。その目が言外にも伝えてくる。
「お嬢さん。君は正義を貫きたいのかもしれないけど、『こっち側』は危険だ。君は戦えるのか。犯罪者相手に、引かずに罰を与えることは? 僕がお嬢さんのお友達を殺したような真似が君にもできるって?」
教授の前に僕を納得させようってんなら、そりゃ無理な話だよ。ポーロックはそんな台詞でいったん締めて首を振った。それから私の答えを待とうとして――私が笑っているのに、ぎょっとした。
「何笑ってんの」
「――あなたって、優しいのね。ポーロック」
可笑しくてたまらない。彼がこんなことを言ってくれるのが、ただの優しさでなくて何だ? 私はひとしきり笑い続けて彼に気味悪がられた。ひどい話だ。
それから、彼に尋ねる。
「ねえ、私が戦うとしたら、どうしたらいいと思う」
「お嬢さん、人の話聞いてた? 聴力戻ったんじゃなかったの」
「お願い。ポーロック、あなただけが頼りよ」
馬鹿言うなよ、と彼は冷たく言った。でも、彼が一瞬困ったような表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。彼はいつも人を煙に巻いて誤魔化そうとするから、出来るだけ直球で聞いたほうがいいんだ。
根気強く待ち続けた結果、彼はついに深い深い溜息を吐く。
「……大した経験もない、非力な女性である君が接近戦に向いてるとは思えない。遠くから安全に人を殺せる方法なら、モランに相談するんだね。身に着くか知らないけど、あいつから射撃でも教わる方が暗殺術よりは現実的だ」
「暗殺術……」
「習いたいか? 僕から」
私は首を大きく横に振った。ポーロックは少し凄むだけでも迫力がある――彼はつまらなさそうに目を逸らす。
「それか、教授に直談判して弟子入りするんだね」
「弟子入り? 何の……」
「犯罪計画」
ポーロックが私の言葉を遮って淡々と口にした単語は、やけに印象的だった。
「今やロンドンで起きた未解決事件の半分は組織の仕業だよ。君の父親の頭脳は、君が考えている以上に異常なものなんだ。どんなことにでも活かすことのできる才能――君にそれが受け継がれてないなんてのは、随分な冗談だと思うよ」
世界を掌で動かすのなら、武器なんて必要ないからね。
彼は皮肉っぽく、また猫のような笑みを浮かべたのだった。