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春嵐 04

 とはいえ、と。

 少し空気が緩んだのを見て、お父様が私に向き直った。

「犯罪計画の話だったな、アザリー。こういったことは当然、わたしが何かを示してさあやってみろという類のものではない」

 現実的な話が始まって、私は改めて姿勢を正した。

「組織に加わる者もそうだ。犯罪者になろうと思って入る者などいない。元々の願望や思想があって、利害の一致や組織に救われたなどの経験から同胞となる」

「……はい」

 お父様の言うことには一理あると思いつつも、それだと私は駄目なのでは、という不安が湧いてくる。お父様は静かに首を振って、「だから」と続けた。

「お前はまだ若いのだし、組織に入ることを主目的にするのではなくて……社交界の中で、注意深く生きることから始めなさい」

 社交界を生きる。お父様が言ったことの意味を考え、声に出してみた。

「罰するべき犯罪者を、探すということですか?」

 お父様は答えない。それは肯定とも否定とも取れる微妙な沈黙だった。

 諭すように言葉が続く。

「兄さんに頼んで、ヴィクターには社交界へ本格的に入ってもらう。彼の力を借りるのもいいだろう。何か気付くことがあったら、連絡するように」

「一種の試験のようなものでしょうか」

「そうだな。しばらくは停滞しているような気がするかもしれないが、必ず火種がある」

 お父様はもはや、華やかな社交界とは大きく距離を取る身だ。それでもその物言いは確信的だった。

 この瞳には、いったい何が見えているのだろう。

 この人は、どこまで私の未来を見通しているのだろう?

「火種?」

「ああ。火種――そして、お前の試金石だ」

 お父様はそれを最後に、私の組織入りについての話を打ち切った。これでもヒントを出しすぎた――そう言いたげな目線を残して、ベネット様のほうを見る。

「それより、ヴィクター。兄さんにも改めてお前の話をしないとな……社交界のことも、アザリーとのことも」

「ラインハルト様ですね。私で大丈夫でしょうか」

 お父様はベネット様の問い掛けに、大丈夫だと言わなかった。なんとなくお父様が即答しなかった理由が分かってしまう。

 そこらの男などでは私は絶対に認めないからね。いつしか、そんなことを以前言われたのを思い出したからだ。お義父様が私の結婚相手に定めているハードルは、きっととても高いのだろう。

 あの真剣にもほどがある口調を思い出すと、つい内心可笑しくなってしまう。

「アザリー様。どうしましたか」

 ベネット様が、私にふと尋ねた。本当に人のことをよく見ている。確かに気持ちはわかるのだけれど、お父様の心配は杞憂な気もした。

 先ほどかけてもらった優しさを思い出し、私は自然にベネット様に微笑みを向けることができた。

「いえ、大丈夫だと思ったんです。社交界にベネット様がいてくださったら、私も頼もしいです」

「……そうですか」

 ベネット様は、落ち着いた感じで頷いた。

 信頼していただけるよう努めます――そんなどこまでも生真面目な返事を区切りに、応接室での会談は終わりに向かった。お父様の話があまりにもとんでもなかったこともあって、最後まで見送ってくれた彼の表情が頭を離れない。


 翌日、私はお義父様の部屋に呼び出された。

「アズ」

「はい」

「私はね、昨日、君を見合いにやったわけではないんだよ」

 さっそくだ。昨日はついぞベネット様のことを言い出せなかったので、お父様から入った連絡で全てを知ることとなったその呟きはまるで呪詛のようだった。

「私も、そんなつもりではありませんでした……」

「そうだろう。でも、アダムの言うことも分からないではないがね」

 ぼやきつつ、お義父様は今朝届いたばかりの手紙をひらひらと振った。内容はよく見えないが、きっとあの美しい文字で私とベネット様についての提案が記してあるのだろう。

「お義父様も、ベネット様のことはご存知なのですか?」

「ああ。優秀な青年だね。準男爵になったとき、まずいと思ったんだよ。そうだった、そうだった……」

 口調の憂鬱さとは裏腹に、どうやら彼自身には文句をつけようがないらしかった。

 お義父様のぼやきはそれからもしばらく続いたが、内容から察するにお義父様は私に来る縁談をのらりくらり躱し続けていて、それに辟易しているのはやっぱり事実だった。

 組織に関わりたがる私の隠れ蓑として、理解者との結婚がある程度適切だと思っていることも。

 珍しくも話は進んだり戻ったりし、結論が出るまでどれだけ付き合ったかわからないけれども、最終的にお義父様はこんな言葉で締めくくった。

「まあ、とりあえず。いったん、会って話してみないとわからないね」

 あんなに遠回りをしたのに! あまりといえばあまりの結論に、私はつい笑ってしまった。

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