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守り手たち 05

「モランさんも、私の母の話はご存知だったんですか?」

「……まあ、ある程度はな」

 頷かれたので、私は遠慮なく話してみることにした。二人の父を前にしてはとても言えないことだ。

「母って、すごく強情な人だったと思うんです」

「強情?」

「もちろん、直接は言われていませんけれど――愛する人が弱っていて、最後に子供を残したいなんて言われたら、普通は反対しますよね。だって、危険ですから」

「アザリー」

「だから、お父様もきっと反対したはずなんです。でも、結局、母の意思が通った……」

 私は、この世に生を受けた。

 双方の生存が難しいなんて言われて、お父様が動揺しなかった訳がない。愛する人を即座に切り捨てることなんて、絶対にできない人だ。それを私の母は、「一瞬も迷わなかった」などという。

 私はあまりのおかしさに笑ってしまった。モランさんはなんとも反応に困っているようで申し訳なくなったけれど、本当におかしいのだ。

 私自身を否定された訳じゃない。当時のお父様が私の出生に反対するのは、当然のことだと思う。

 それよりもあのお父様が、母を説得することは遂にできなかったという事実のほうがずっと印象深い。

 顔色を変えて慌てていたり、必死になって説得するお父様の姿なんて想像することも難しい。でもそんな姿を目にした人が、それでも考えを曲げずに微笑んでみせた人が、きっといたのだ。

「意思の強い人だったんでしょうね」

 本当に私が面白がっているのが分かったのか、モランさんはやがて小さく笑った。

「きっと、受け継がれてるな」

 頭に乗った手が優しい。愛情は変わらない。

 秩序を愛する心を、意思の強さを、守ったまま私も生きたい――そんな言い分を、そっと認めてもらったようだった。


 とはいえ。

 モランさんにははっきり、戦い方を教えるのは先の話と言われてしまった。計画を立てるにもどうすればいいのか。

 私だって別に、積極的に犯罪を犯したいわけではもちろんない。お父様も「停滞しているように感じるかもしれない」と言っていた。でも、試験のようなものだとも……。

 私はしばらく自分の部屋で考え込んでいたけれど、やがて首を振った。それから、デスクの引き出しを開けて封筒を取り出す。

「取っておいた訳じゃないもの」

 誰かに言い訳をするように呟く。今朝届けられた、ベネット様からの手紙だ。モランさんが訪ねてくるのが分かっていたので、気を引き締めるために置いておいた。それだけ。それだけだ。

 封は切られているけれど中身は見ていない……と、ルーシーが言うのを信じるしかない。あの日を境に、中の便箋の量は増えてきていた。時間を掛けて書いてくれていることは伝わってくるけれど内容はやっぱり固くて、仕事でどこへ行ったとか、次はどこのパーティに参加するとか……。それでも几帳面な字をなぞるように目で追ってしまう。

 ――都合が合えば、ぜひあなたにも参加していただきたいと思っています。

(仕事みたいに言う……!)

 何だろう。もう少し、もう少しなにか。うまく言葉にならないけれど、私は頭を抱えた。それに彼と同じパーティに参加すると、私以外の女性と関わる彼を見続けることになる。それもなんというか、ものすごく微妙な気分だ。

 こんな誘い方にどう返事をしたらいいのかと理不尽な気持ちになったとき、私は先日のことを思い出した。

 彼がハーディング伯爵に何を言ったのか、まだ聞いていないのだ。

 先日伯爵と会ったとき、自分の内心で湧き上がる怒りがあった。イヴの苦しみを軽視するような物言いにも、人を利用できるかどうかでしか見ていないあの態度にも。

 彼が社交界で生き残っている以上、彼の悪行は噂以上のものにならなかったのだろう。アシュウッド男爵の時のように致命的なダメージを負っている訳じゃない。

 私が聴力を失ったりしていたこともあって有耶無耶になってしまったのだ。でも、彼は本来正式な場で裁かれていてもおかしくない人物だ。私が社交界を離れている間にも、彼の本質はとうとう変わることはなかった……。

 あの子の死は、無駄だったのか?

 父親の罪を追及されて、私のほうを殺そうと決めるほどの情を持っていた娘を失っても――何も変わらないのか。

(彼を裁くことが、私にできる?)

 ふと、自問した。

 証拠を今から集められるだろうか。社会では裁けず野放しにされた罪を、この私が。

 ベネット様の言葉に、あのとき伯爵の顔色が変わった。彼が、もし何かを知っているなら。彼の力を借りられたらどんなに頼もしいだろう?

 でも。

 そう思うと同時に、かつて聞いた彼の言葉を思い出す。

 まだ彼と二人で、組織についての意見をはっきり交わしたことはない。でも、初対面の時に言っていた。お父様の教え子で、その信念には共感した――情報提供も惜しまないと。

 でも、それだけだ。彼はお父様の理解者であり協力者だ。

 犯罪者じゃない。

 誠実なあの人は、きっと、最大限力になってくれようとするだろう。「犯罪者になろうとする」私の……。甘えた考えを私は打ち消した。

 駄目だ。

 巻き込んではいけないのは、明らかだ。

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