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守り手たち 06

 私はお義父様に、ベネット様の手紙にあったパーティに参加したくないということを伝えた。

「え?」

 その瞬間、お義父様の顔がすっと上がる。その視線のあまりの鋭さに私の方が驚いた。

「え?」

「どうしたんだ――アズ。あの男、いったい君に何をしたんだい」

「あ、えっと。えっと……違うんです、お義父様」

 あの男って。完全に私の言い方が悪かった。私は不穏な雰囲気を隠そうともしないお義父様を必死に宥め、ベネット様と何かあった訳ではないことを伝えた。椅子に座り直してくれたお義父様が、それでは何故と目で問いかけてくる。

「アダム様に言われて、犯罪計画の立案をしようとしているんです。それを、ベネット様に悟られたくないと思って」

 やっと言えた、これで大丈夫だ。そう安心したのに、お義父様の表情はよくわからないと言いたげに曇ったままだった。

「……何故?」

 不思議そうにしている私に不思議そうにお義父様が尋ねる、謎の空気になってしまった。

「何故、というのは」

「協力してもらえばいいじゃないか」

「え」

「アダムはそもそも、そういうつもりで彼を君に紹介したのではないのかい?」

 珍しくも、本当に疑問に思っているのが伝わる素直な言い方だ。私は逆に戸惑い、考え、お義父様の疑問がもっともだということに気付く。

(……あれ?)

 確かにそうなのかもしれない。私はこの時になってお父様の、彼の力を借りるのもいい――という発言を思い出した。でも彼は……。

「彼は組織に情報提供をしてくれるとは言っていましたが、犯罪者ではないようなんです」

 お父様の協力者という立場である彼に、私が犯罪者になるための手伝いなんてさせたくない。間違っても、私の勝手などで彼の持つあの誠実さを歪めるようなことをしたくないのだ。

 言葉を尽くしているはずなのに、私の説明を聞いているお義父様の表情にどんどん不審の色が強まり、「面白くなさそう」な顔となり、そして――最終的には能面のような無表情になってしまった。

「……。…………そうか。よーくわかったよ」

「お、お義父様?」

 真剣に向き合ってくれていたはずの声のトーンが、なんとなく変わってしまった気がする。お義父様はいつもよりも早口で続ける。

「では彼と君が、『二度と会うことのないよう』私が取り計らおう。それで問題ないね?」

「も、問題がない訳では……」

 なんだかそれは致命的に間違っているような気がした。何故お義父様のように冷静な方がそんな飛躍した結論に辿り着いてしまったのかが分からない。

 でも――これから自分がしようとしていることを考えたら、そのくらいの方がいいのかもしれないとも思った。

 私のような人間が、あの人に会いたいなんて思うのはきっと間違っている。

(会えないとしても。あの人の、悩み迷う顔を見たくない)

 私は曖昧に場を誤魔化し、やるべきことに集中しようと決めた。



「好きじゃん」

「な……」

 ポーロックがあまりにも端的に言うので、思考が完全に固まってしまった。

「……、……違うわ」

「いやいやどう見ても好きだよ。あからさまだよ。面倒だから否定しないでくれない」

「ポーロック」

「何?」

 怒ってみたところで、ポーロックにはまるで効果がない。何、と冷めきった目を向けられても返す言葉がなかった。だからさあ、と彼は雑に手を振る。

「君は自分自身よりそのベネット君のことを優先して考えてんの。だからそういう訳のわかんない行動をして伯爵にもぶち切れられるの。こんな分かりやすいことあるかよ」

「だ、だって」

「だってじゃないよ。どうせ結婚するんだから早い方がいいんじゃないの」

「そんなの……ベネット様の気持ちも考えないで、そういう言い方はよくないわ」

「へえ。君の気持ちは考えなくていいわけだ」

 ついに怒鳴りかけてしまった自分をなんとか抑える。私はふざけている訳ではないのだ。

「あなた、私のことを揶揄いに来たの?」

 もう私たちの「待ち合わせ」は私が毎朝庭で待つようなものではなくて、なあなあになってしまっていた。

 私がふと庭へ出た時に不思議と彼がいることもあれば、私の部屋の窓に小石が投げられた音で気付くこともある。今日は後者だった。後者の時は時間もばらばらで、だいたい、本当に彼が「遊びたい時」だけだ。

 怒りを込めて言うと、彼は肩をすくめた。

「そんなつもりないよ。社交界でなんかやってるらしいじゃん、お嬢さん」

「……ええ」

 ベネット様の出席するパーティを避けるようになって――私は、社交界でハーディング伯爵の噂を集めるように努めている。何かアドバイスが貰えればと思って、朝から屋敷の庭を訪ねてきたポーロックにその話を振ったのだ。

 でも、彼はベネット様の話を聞くなり不躾なことばかり言う。挙げ句の果てにはお義父様と同じことまでも。

「ベネット君に協力してもらわない理由とやらが、僕には納得できないけど。だって教授は彼から情報を得まくってるし、とっくに犯罪者みたいなもんなんだよ」

 あっさりと言われてしまっても、私は頷くことができなかった。

「犯罪になんて絶対関わりたくないと思ってるんなら教授についてきたりしないよ。教授に直接紹介されるくらい明らかに有用な男なんだから、利用できるだけすればいいじゃないか」

「……ポーロック。違うの、そうじゃないのよ」

 自分の中にある感情は、もう怒りではなかった。

(もう、自分の中で整理できている)

 確かに彼がどんな情報提供をしているかは分からない。でも、彼が自分の仕事を語る時には、必ずそこに誇りがある。

 中途半端な仕事は決してしない。そう言っていた。

 あの真っ直ぐな声で。

「きっと、お父様は線引きが上手いのよ。私が何も考えず協力してほしいと言ったことが、彼にとっては許容できないことだったらと思うと――そうしたら私は、彼の正義を歪めてしまうことになる。……事業家としての……」

「え?」

「事業家としての側面の方が、強い人なの。尊敬できる人よ。私は彼を迷わせるようなことをしたくないの」

 私は未熟だ。お父様のようにはできない。

 あんな風に自分の人生を生きていて、世間からもきちんと評価されている人を傷付けたくない。それはポーロックが実につまらなそうな顔でこちらを見ていても、譲れないことだった。

「だから……」

「だって。ベネット君」

 急にポーロックが声を張り上げたので、思わず身体が震えた。それから――頭が真っ白になる。

「……え?」

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