ヴィクター様は私が気を使うよりも先に、打ち合わせをしようと屋敷を再び訪ねてくれた。
ルーシーが「気を利かせて」リビングで二人にしてくれたのを良いことに、私達はハーディング伯爵についての情報を共有した。
イヴとも、いつか囲んだテーブルだ。それが今となってはこんなことになるなんて。彼女の父を破滅させる計画を、この場所で立てているなんて……。
「少々特殊なご事情を抱えた方のお力にもなれますよ」
――あの日ヴィクター様は、ハーディング伯爵にそう言ったらしい。私が首を傾げると、彼は内緒ですがと囁く。
「ハーディング伯爵の事業については、予々。かつては大手の銀行が喜んで融資する企業でしたが、今はだいぶ事情が違うようですよ」
「……前は、不正な手段を使っているから羽振りが良いのだと噂になっていました」
「それが銀行にも届いたのでしょうね。先日など、融資条件を見直すと言われたそうです。さぞ不安に感じているでしょうね――ですから少々誘惑しておいたという訳です」
ヴィクター様の語る姿は、今となってはとても頼もしかった。私一人で集めた情報など到底及ばない。業界の中で得られる極秘の情報が、彼の手の中にはある。
イヴのことがあっても彼の会社は潰れはしなかった。それでも相当噂になり、離れた者もいたのだろう。彼の本質が変わっていないのはともかくとして、経営状況については私では分からなかった……。
「何故、あの時点で?」
「銀行家ですから」
(……すごい)
不思議なもので、私は前から特段変わらないはずの淡々とした口調にも安心感をみとめるようになっていた。その瞳に宿る理知的な色が、彼の知識や経験の積み重ねによるものと思うだけでなんとなく見入ってしまう。
「何か?」
「え」
まずい。まったく動じた様子のない視線に晒されたら、私だけがおかしいみたいだ。私は平静を装って質問を重ねる。
「融資が受けられなくなることを恐れて、他の……ヴィクター様の銀行に移るかもしれないということですか?」
「そうですね。資金繰りが苦しいどころか、怪しい取引でもしてくれれば証拠にできます」
「……それは、大丈夫なんですか? 顧客情報ってことでしょう?」
「当行は不正を決して許しません。正義の権力から問い合わせられたら、応じるのに問題はないでしょう」
正義の権力。目論見の見える言い方に笑みが零れた。私たちはそれからも、ハーディング伯爵についての計画を話し合った。時間を忘れる、「犯罪者」への一歩。論理的な彼と接しているだけで、自分の思考力まで引き上げられていくような気がする。
紙片上で整理した計画に緩い点や問題があればすぐに指摘してくれて、対応策を提案してくれる。真剣に話し合える空気が、彼との間に流れていることが嬉しかった。
「色々な戦い方があるのですね」
計画がだいたい固まってきた頃に私が呟くと、ヴィクター様は軽く頷く。
「犯罪だけが人を陥れる手段ではないということですね」
「私、ヴィクター様を犯罪者にしたくありません」
「では頑張って、犯罪者にならない方法を考えるとしましょう――しかしこの部分は、全面的にあの『彼』にお願いするしかありません。大丈夫でしょうか?」
この部分。
そう言って彼が示したのは、ポーロックに頼むしかないことである。
ポーロック。その名前を思い浮かべただけでも、確かに自分の中に怒りが生まれるのを感じた。あの日、ヴィクター様がいるのを分かっていて私を揶揄い、置き去りにしていったこと。あの瞬間。
自分の言葉にも感情が強く入った。
「絶対に、協力してもらいます。絶対に……」
「……アザリー?」
察したらしいヴィクター様から、そう悪いことでもなかったでしょうにと宥められる。それはそれ、これはこれ。頑固に言い張る私を見て、彼の表情がふと緩んだ。