三十分ほど貴族同士の交流が持たれた後で、ペンドルトン氏の略歴が改めて紹介された。半月型に並べられた椅子の方へ各自が移動し、ハミルトン侯爵夫人に促される形で会場へ姿を見せたペンドルトン氏は、その善良さが顔立ちにも表れた紳士だ。
彼は伯爵が言っていたとおり、側に愛息を引き連れていた。
まだ幼さが若干残りつつも、端正な顔立ちの青年だった。年齢は二十歳にならないくらいだろうか。やはり助手という立ち位置なのか、彼は控えめなスーツを纏ってペンドルトン氏の後方に立った。
彼はそこにいるだけで凛とした空気を放っていて、障碍の影などまったく見受けられない。その場から彼の知性を感じ取った貴族たちの嘆息が漏れた。あれが噂のという囁きが聞こえてくるあたり、本当に評判になっているようだった。
(賢そうな子)
貴族たちの視線に晒されても表情を崩さず姿勢良く立つ姿は、それだけで立派に見えた。
大人びているな、と思っていると――静かにその目が貴族たちを一瞥し、私を見た――気がした。すぐにその視線は外れたが、妙に引っかかるところがある。
何だろう。どこかで見かけただろうか。でも、社交界で彼の話を聞いたことはないし……。
そんな風に戸惑った自分が心底情けなくなったのは、それからすぐのことだった。ペンドルトン氏は自己紹介をした後、近くに立つ彼を示してこう言ったのだ。
「こちらが、いつも私の力となってくれるわが息子――ユアン・ペンドルトンでございます」
ユアン・ペンドルトン。
聴覚障碍を持ちながら、それを物ともしない天才。聞いた話のすべてと目の前の姿が過去の記憶と繋がり、私は先ほどとは比べ物にならないほど驚いた。
あまりに成長しているので分からなかった。
ヘンリー・ペンドルトン氏は、昔お義父様がユアンを支援の約束と共に託した実業家その人だったのだ。
頭を思い切り殴られたようなショックを受けながらも、彼に駆け寄るような真似はできない。私はなんとか深呼吸をし、講演に集中しようとした。
何をしに来た。
何度か自問すれば、やがて心は凪いでいった。
彼が今この瞬間、同じ空間に立っている。信じられないような現実。
彼が生きている。慈善家の養子となり、貴族のサロンに招待され、大切に扱われている。
あの幼かったユアンが。
彼がすぐそこにいる。そんな感動がゆっくりと心の中を満たしていく。
ペンドルトン氏が説く聾教育の現状と支援の必要性、自身が今行っている活動についての説明はとても綺麗にまとまっていて分かりやすく、短い時間でも充分に内容が伝わった。
ただ、賞賛の声にもペンドルトン氏はなんとなく気恥ずかしそうにした。彼はユアンを改めて紹介し、実は支援計画はこの子が考案したものだ――と打ち明けたのだ。
ユアンはペンドルトン氏の手での合図を受け、折目正しく挨拶をした。耳が聞こえず、言葉も話せない。それでもその場にいた者たちは彼の聡明さを理解した。
「彼は、幼少期を聴覚訓練所という施設で過ごしました。彼は確かに重度の聴覚障碍を持っていますが、うちに養子に来てからというもの、自分と同じ境遇の子供の力になりたいと考えるようになったのです」
ペンドルトン氏はユアンが提案してくる支援計画や聾教育のあり方に感銘を受けた。元から教育方面の支援に力を入れていた彼はユアンの言う通りの支援を検討し、それは瞬く間に高く評価された……。
(素晴らしいわ)
他の子供たちのために試行錯誤するユアンにも、そんな息子に共感し伴走するペンドルトン氏にも、盛大な拍手が送られた。
講演が終わり、社交の時間へ移っても多くの貴族がペンドルトン氏と話をするため、彼のところへ集まった。ユアンももちろん彼のそばについている――待っていれば話ができそうだ。私は他の夫人たちと話しながら、彼の姿を眺める。
本当に、大きくなった――驚きが落ち着いたところで、泣きそうになるだけだ。今や服装もきちんと整えられ、貴族と言われても納得するような風貌。
すっかり別人のようだけれど、そもそも、彼は私のことを覚えているのだろうか? ふと浮かんだ疑問は、考えてみればあまり希望を伴ってくれなかった。
彼と最後に会ったのは、十年近くも前だ。確かにあれは私にとっては自分の価値観を大きく変えた出来事で、組織との関わりも思えばあれから始まったようなものだが――彼にとっては、どちらかといえば忘れたい過去だろう。
新しい生活の中で記憶の彼方へ葬り去られていてもおかしくない。そして、その方がいいとも思う。そのくらい、今の彼の生活は安定しているはずだ。
それに……。
今となっては、私も社交界の人間だ。
妙な噂や勘繰りを避けるために、幼い頃に聴覚障碍があったことや施設でのボランティア活動のことは積極的に口にしないようにしている。そんな自分にも嫌気が差すけれど、私の方から彼へ親しげに話し掛けることは難しい。
ユアンが覚えてくれていればいいけれど、私の方から何か言うのは止そう――決意した頃にちょうど人の入れ替わりがあり、私は席を立った。