「初めまして、ミスター・ペンドルトン。アザリー・ベネットと申します」
「初めまして、レディ・ベネット。お会いできて光栄です――おや……どうしたんだい」
ペンドルトン氏がにこやかな笑顔を向けてくれたとき、ユアンが動いた。私に対してではなく、彼に――手話で何事か語り掛ける。
手際が良すぎて目で追うことができなかったが、それを見たペンドルトン氏はぱっと明るい笑顔を浮かべた。社交用の緊張したものではない、素の笑顔のようだった。
「あなたが、ラインハルト様のお嬢様でいらっしゃいましたか」
「……ええ」
「ユアンと私は、あなたのお父様のお陰で出会うことができたのですよ。お聞き及びでしょうか?」
私は動揺を悟られないよう、自然な笑顔を作る。
お義父様が事件の被害者で身よりのなかったユアンを、旧知の慈善家に紹介した。そんなことまではむろん報道されていないし――お義父様が善意からしたことなので、今ここで話題になっても特段まずいわけでもない。
ペンドルトン氏と一気に親しい空気感で話すのにはこの上ないアシストだ。
「しかし彼女のことがよくわかるね、ユアン? 私はどうにも貴族様の世界については無知なもので、あなたのお顔までは」
感心しつつ疑問をそのまま口にした父親へ向けて、ユアンはさらに手を動かす。彼の唇を読んでいるのか、説明を補足してくれているのか。
私は凝視していると思われない程度に視線を向け、その手話を読み取った。
「〈この人は、ヴィクター・ベネットさんの奥様でもあるよ。彼がこの方……モリアーティ伯爵のご令嬢と結婚したとき、ずいぶん話題になったじゃないか。だから知ってるんだ〉」
「え?」
「〈この人は有名人なんだよ、父さん。しっかりしてよ〉」
ベネット・ヴァルディア銀行の。そうはっきりと驚かれてしまうと私も曖昧に頷くしかない。実業家が相手の場合、ヴィクターの名前は大変強力な切り札となるのだ。
ペンドルトン氏がこちらを改めて見るその表情は、素直な驚嘆があらわになっていていっそ嫌味がなかった。慌てて詫びられるのもどことなく微笑ましい。
「いや、失礼しました。息子のほうがよほど物を知っていまして……」
「失礼などと、とんでもないことです。先ほどの講演も素晴らしかったですし、私もこうして父から繋がった縁を大切にしたいと思っております――事業について、もう少しお伺いしても?」
「ええ、もちろん。ありがとうございます」
私はペンドルトン氏が手元の資料に目を落としたタイミングで、ユアンの方を見た。彼と当然のように目が合う。
『ヴィクター・ベネットさんの奥様』
『モリアーティ伯爵のご令嬢』
ユアンが、あの知性に満ちた目がほんのわずかに微笑んだ。記憶の中の彼と同じ目元。温かな知性の光。
(――彼は、私のことを覚えてる。ずっと、気にしてくれていた……)
心の中で希望が確信に変わる。
彼は何も変わっていないのだ。優しく、そして賢い。
昔のことを悟られないままに話を誘導してくれたことといい、今や「貴族の世界」にもうまく対応できる力をも手にしているのだから末恐ろしい。
ペンドルトン氏の計画の詳細を聞き、私は全面的に支援の意を表明した。
彼らの活動を素晴らしいと思ったのはもちろん本当なのだけれど、慈善事業を共にすればユアンとも交流を持つことができる。
私は未来に希望を抱き、彼とまたゆっくり話ができる日を待ち望むことにした。