とはいえ。
私は気付けば、ヴィクターの意見も聞かずにペンドルトン氏への全面支援を約束してしまっていた。
後からさすがにまずいかと思って怯える私を見てルーカスは可笑しそうに笑った。そんなことで旦那様がお怒りになるはずないでしょう――と言われたが、どうだろう。
夜のリビングは静かだった。ルビーが自分の部屋に戻ってから、彼のいるソファの隣に座ってみる。
「……あの、ヴィクター」
「どうしました」
「今日のサロン、昔知り合った子がいたの。ユアンっていうんだけど」
ヴィクターは新聞に目を落としていた。さりげない方がいいだろうと思いなるべく落ち着いた口調を意識した。
けれども彼は少し考えた後で、記憶の中からいとも簡単に情報を特定してしまう。
「ああ……聞いていますよ。あなたが初めて組織の力で救った少年でしょう」
「良いように言ってくれるのね」
私の言葉に、彼は新聞を畳んでテーブルに置いた。こちらを見て軽く息を吐く。
「聾教育の勉強会でしたね。ペンドルトン氏とは私も話してみたいと思っていましたから、支援もいいでしょう」
彼の話の呑み込みの早さにはいつまで経っても慣れない。なんとなく感じた悔しさがきっと自分の口調にも滲んだ。
「……まだ、何も言ってないわ」
「昼は家を空けてしまう分、出来る限りあなたには目を向けているつもりです」
あれだけ仕事を抱えながら、私の参加する会の内容まで把握しているというのだろうか……。
まさかとは思うけれど、今までもずっと?
そんな風に確認してみたいような気になったけれど、どんな「爆弾」が返ってくるかわからないのでやめた。誤魔化すように、今日のサロンで聞いてきた話を彼と共有する。
ユアンの堂々とした立ち姿を思い出せば、自然と自分の声も明るくなった。
「その子、とても頭がいいの。昔から賢い子だったけれど、今は聾教育の計画を自ら考案しているんですって――息子のおかげで名が知れたようなものだって、ペンドルトン氏も誇らしげだったわ」
「それは素晴らしい。では、本当にあの時救えて良かったですね」
「……」
つくづく、私を話の主体に置いてくれる人だ。支援を申し出てきてしまったことを今更ながらに伝えると、彼は改めて賛成してくれた。
「積もる話もあるでしょう。屋敷に招待するのであれば、私もぜひ同席させてください」
「ありがとう。ヴィクターも、ペンドルトン氏と良いビジネスの話が出来たら素敵ね」
私の発言に、ヴィクターは一瞬の間を置いて相槌を打った。妙な間が気になって首を傾げる。
「えっと、違った?」
「いえ、それもありますが――そのユアンという青年に会ってみたいんですよ。あなたがそこまで買っているという『天才』に」
ヴィクターは真顔のままだけれど、言葉に妙な力と棘を見た気がする。どうやら感動の余韻からユアンを褒めすぎてしまったらしい。そういうのじゃない、と慌てる私を見て彼は静かに頷いた。
「知人の成功は嬉しいものです。私もあなたが喜ぶのを祝福できる人間でいたい――だからあなたにも、こちらへ目を向けていてほしい」
「……もちろん、そのつもりよ」
返事を聞いた彼が私の手を掬う。たまにこういうことをするから、本当にこの人は……。
彼だってさすがにユアンに絡むようなことはしないと思うけれども、でも――二人が実際に会ったとしたら、案外気が合うんじゃないかとも思う。
どうぞ遠慮せず呼んでください。そんな声にもどことなく挑戦的な色を感じ取りつつ、私は頷いた。