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三年後、あるいは十年後 08

 果たして、私たちはペンドルトン氏とユアンを屋敷に招くことになった。全面的な支援の表明と、それから――お義父様の名を通じて、ペンドルトン氏との懇親がうまくいった証左だ。

 屋敷の皆は「普通の使用人」として完璧に振る舞ってくれるので問題ないだろう。私とヴィクターはルビーによって案内されてきた二人をリビングで出迎えた。

「ミスター・ベネット、ミセス・ベネット。いえ、この度は大変ありがたい機会をいただきまして……」

 ペンドルトン氏は貴族の屋敷にも訪れたことがあるだろうに、顔には緊張がはっきり出ていた。挨拶もなんとなくぎこちないけれども丁寧で、それがかえって彼の善性を際立たせている印象を受けた。

 大人しく彼らを案内してきてくれたルビーが私にじろりと目配せする。「大丈夫ですか、この人」と言っているようだ……。

 顔に出さないよう教えなくてはいけない。

 ユアンも彼につられてか、リビングに入ってきたときも不安げに視線を彷徨わせていた。

 昔、彼をモリアーティ邸で保護したときと似た感じだ――私と目が合ってようやく安心したように軽く息を吐くのも、記憶の中の彼と重なる。

「初めまして、ミスター・ペンドルトン。そして――ユアン。素晴らしい功績については妻から聞いています」

 ヴィクターは紳士的に振る舞い、挨拶が済んだ後に改めて支援の約束を口にしてくれた。話をしがてら書面を調えたいとまでその場で言ってくれたので、ペンドルトン氏の表情が安堵に綻ぶ。

 ちょっと表情に出過ぎるのに、それが嫌味にならないというのはもはや一種の才能なんじゃないだろうか。

 私たちは数十分ほど彼の事業の話を改めて聞き、歓談した。

 リビングの空気に慣れたペンドルトン氏は温かくも緩やかな自信に満ちた口調を取り戻していた。

 説明が先日と相違ないのは彼の理解、そして自信の深さゆえだろうし、何よりその芯からの善良さは彼が話せば話すほど伝わってくる。

 私からしてもなにか裏があるのではと疑うタイミングがない。

 なんとなくこの感じに覚えのあるような気がして考え、――そして気付く。

(ローレンス様に似ているんだ……)

 なるほど。本当に。お義父様が昔から親交を持つわけである。

 ヴィクターとしても問題なしと判断したのか、良い頃合いで彼がこちらへ視線を送ってきた。

「アザリー。ミスター・ペンドルトンと書面の打ち合わせをしますので、ユアンから話を聞いていてもらえますか?」

「ええ、もちろん」

「あ、ミセス・ベネット……」

 ヴィクターの言葉にペンドルトン氏は立ち上がった。ユアンのために筆談の申し入れをしようとしたのだろう。私は微笑んで彼に自分の手を向けた。

「〈大丈夫です〉」

「え?」

「興味があって、以前から勉強していたんです。サロンでご縁があったのもこのお陰かもしれませんわ」

 ペンドルトン氏がものすごく驚いたことは、その表情の変わりようから察せられた。笑うのは失礼にあたると分かっているから抑えるけれど、それほどに素直な反応。

 彼の視線はああ、いや、とリビングの壁と天井をわたり、私の手元へ戻った。

「素晴らしいことです、ミセス・ベネット。では先日も……」

 先のユアンのアシストについても思い至ったようだけれど、今更問題にすることでもない。息子のざっくばらんな紹介を詫びるにはいささか遅く、彼はまた気まずそうにはにかむ。

「〈ユアンもあなたとお話をさせていただきたいようです。どうぞよろしくお願いいたします〉」

 今までも充分穏やかだった彼の態度が、より一層改められたような気がした。言葉と合わせて手話でそう返してくれたのにも誠意を感じる――礼で応じた私を待ち、ユアンが目の前に立った。こちらを真っ直ぐな目で見つめる。

 アザリーさん。

 その瞳だけでも、彼が私の名を呼んだことが伝わった。

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