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第十二章 取り零し

取り零し 01

 調整を経てペンドルトン氏との支援関係が無事に結ばれ、私は彼と比較的自由な交流を持つことができる立場になった。

「私も昔からあなたの話は教授を通して聞いていました」

「わ、分かってるわ……」

 ヴィクターから妙な念押しがあってルビーが首を傾げたりする小さな事件はあったものの、彼は特別気分を害したという訳でもないらしい。支援計画自体はよく練られたものです、と切り離してくれるところはやはり実業家だった。

 支援について話すうちに、雑談として彼自身の話を聞く機会もたびたびあった。その中で私は、ペンドルトン氏が二年前にも養子を取っていることを知った。

「ユアンに姉ができた形になるんですよ」

 名前はリディア。

 リディアは元々、ペンドルトン氏と同じような実業家の娘だった。

 その男は慈善家としても活動していたため面識があったようだが、彼は家庭内ではひどく暴力的で、日々妻子を虐げていた。

 彼はとある日の口論の末、ついに自分の妻を殺害してしまった――父が逮捕され身寄りのなくなった娘の話を聞き、ペンドルトン氏が哀れに思い引き取ったという。

 今は屋敷の家事を手伝いながら心を休めているらしい。

 父に母を殺された娘だ。ペンドルトン氏は彼女にできる限り無理をさせないようにしているようだった。

 ユアンが慈善家という存在自体にうっすらとした不信感を持っているのも、そういうことなのだろう。

「新聞で事件のことを知りましてね、とても放ってはおけなかったのです。当時はかなり大きなニュースになっていまして……」

 その時のことを思い出したのだろう。悲痛が伝わるその口調を聞きながら――私は掘り起こされていく自分の記憶を辿った。

 二年前。妻殺しの実業家。とある理由から、センセーショナルに報道された事件。

(その男は)

 その男は、かつて――組織の一員だった男だ。

 常識的な相槌を打ち、怪しまれることなく話を終えたその夜――書斎に入る前、私はルビーにその男の記録を探してきてほしいと頼んだ。それほど目立つファイルでもなかっただろうに、彼女はすぐに目的のものを手に書庫から戻ってきた。

「奥様ぁ、ありましたよ」

「ありがとう、ルビー。助かったわ」

「いいえー。ちょっと見ましたけど、そいつ、まだ生きてるんですね?」

「ええ」

 デスクの上で受け取ったファイルを広げると、ルビーがラウンドテーブルのほうから椅子を引き摺り出しているのが見えた。

 何事かと思い見守っていると、私の横まで椅子を運んできた。座る。私の方を見る。目が輝いている。

「……えっと、ルビー」

「えっ、駄目なんですか。だって殺すんでしょう」

「そういうわけじゃないのよ。ちょっと……調べ物。あなたも、そう物騒にならないで」

 窘められたルビーは不本意そうに瞳を揺らした。それでも、椅子からは下りないし視線も外れない。

「読むだけ。読むだけなら、物騒じゃないです。ね、奥様」

 この調子では何を言っても聞きそうにない。この子の好奇心の強さは、今に始まったことではないし――素直に要求してくれるようになったのだから、それはそれで尊重してあげたい思いもある。

 ペンドルトン氏やユアンに対して完璧な使用人を演じてもらっている恩もあって、私はついに諦めた。

 彼女にも読めるようにしながらファイルを捲るが、序盤は特に見るべきところもないだろう。

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