屋敷の前にルーシーが立って待っているのを見たとき、泣きそうになった。私を送り届けてくれたルーカスは、ルーシーと丁寧な挨拶を交わした後で微笑む。
「では、またお迎えに参ります」
「ありがとう。よろしくね」
馬車を見送ると、待ち望んでいたというようにルーシーがこちらに花のような笑顔を向けてくれた。
「お嬢様! お久し振りです」
「本当にね。私も会いたかったわ、ルーシー」
まだ「お嬢様」などと呼んでくれる彼女と会うと一気に昔の記憶が蘇る。変わらず元気そうではあるけれど、ルーシーの身体はなんだか小さく見える気がした。
「寒かったでしょう。ごめんね」
「とんでもないことです。中ではみんなが心待ちにしていますよ」
「ありがたいわ」
今の屋敷とそう離れているわけでもない。仕事で帰ってくることもたびたびある。でも、こうしてただ遊びに来るのは久々だった。頭の片隅に置いておかなければいけない仕事がないというだけで心が落ち着く。
使用人たちと和やかな会話を交わしたりしながらリビングの扉の前に着くと、妙な緊張感が私を襲った。
早く早くと笑顔のルーシーを見るに、中にはお義父様がいるようだ……。扉が開いての第一声がまたひどい。
「アズ、お帰り。何か月でもいていいからね。別に帰らなくてもいいんじゃないかな?」
「誤解です。お義父様」
会えて嬉しいというのにそんな冷たい相槌から返すことになってしまった。分かってはいたのかお義父様はなんだか複雑な表情を浮かべたけれども、追及はすることなく私にソファを勧めた。
「そろそろ社交シーズンだね。あの男のことでなければ、そちらのことかい?」
ヴィクターへの敵意が強すぎる。私は聞き流しつつ首を振った。ルーシーがお茶を淹れに行ってくれているので、リビングに二人だ。
「慈善事業の支援を考える中で、ユアンに再会しました。そのことで……」
「ユアン!」
お義父様は感嘆したような声を上げた。懐かしいなと言うその表情は穏やかだ。
「元気そうでした。……あの子が幸せな生活を今もできているのはお義父様のお陰ですから。改めてお礼を言わないとと思ったんです」
「律儀だね。じゃあ、ペンドルトンにも会った訳だ」
「はい。なんだか、ローレンス様みたいだと思いました」
私の言葉にお義父様は笑う。認識は共通していたらしかった。
「そう、あいつは嘘が吐けないだろう。正直でね……あれで騙されずにいられるのは人徳だろうな。ユアンを引き取って事業が安定するまでは支援していたが、元気にしていたかい」
サロンでの様子や、少し交流を持っていた時期のことを私は土産話として話した。慈善事業に興味を持つ貴族たちにも高く評価されているというのは予想以上の活躍だったようで、紅茶のカップを片手に驚くお義父様の様子が新鮮だ。
「私も、ペンドルトン氏に支援をしているんです」
「そうか。それなら、昔の君がしたことには大きな意味があったね。素晴らしいことだ。ユアンとは今も交流を?」
「いえ。仕事の関係で、距離を取ることにしました」
「……それで傷付いているんだね」
お義父様は静かに言って頷く。言葉以上に、お義父様にはいつでも感情を見通されている気がした。
ユアンと離れて辛かったなんて子供みたいなことは、言わないようにしたいのに。
「ゆっくりしていきなさい。ルーシーが君の部屋をずっとそのまま綺麗にしてくれているから」
「ありがとうございます。お義父様はお変わりありませんか?」
「シーズンの始まりが近付いていて気が重い。いつまで独り身でいられるかだね」
優雅な微笑みから発せられる言葉は冗談か本気かわからない。私はつい笑ってしまった。