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第十四章 魂までは奪えない

魂までは奪えない 01

 ロンドン郊外にある貴族の屋敷の大爆発は、一大ニュースとなって紙面を騒がせた。ガス管が破損していたことによる悲惨な事故は、遺体の特定をも困難にさせた。

 あまりにも爆発の規模が大きかったため事件の可能性も探られたようだが、手がかりになるようなものは全て炭と化してしまっていたらしい。無理もないことだった。

 服の切れ端などからさまざまな予測が立てられたという。だが事故の時間帯からしても、住んでいた者は全て助かりようもなかっただろうとの見方が有力だった。

 これからそこに住んでいた貴族の悪行が明らかにされるのか。それとも、闇のうちに苦しめられていた者を救うような事件だったのかは、分からない。

「奥様ぁ。ガス管使うの、やめませんか? すっごい危ないみたいですよ。あたしでも奥様のこと抱えて逃げられるかわかんないです」

「……そうね。当分、気をつけて使いましょうね」

「はぁい」

 私の屋敷においてはルビーの素直な感想が述べられたくらいで済んだ。ヴィクターは何かを察しはしていたようだけれど、詳しく聞いてくることはなかった。そんな姿勢はありがたいことでもあり、彼がまだ「騒動の終わり」だと考えていないことが伝わってくるようでもあった。

 そしてその通り、騒動の後で再びお父様が私を訪ねてくることとなったのだ。

「ポーロックが死んだ」

「……」

 流石に私と彼の最後の邂逅については知られていなかった。お父様は淡々とそう言い、彼に与えた放火事件の計画が悲しい事故に終わったと私に語り聞かせた。何かの確認作業のような口ぶりだと思っているうちに、その目が私に向く。

「あれはやはり、組織を捨てて脱走したのだと考えている」

「あの爆発から助かったというのですか?」

「爆発の規模を考えたとしても、遺体が特定できないよう上手く計算されているように思う。それに――『犠牲』を割り当てたという話をしたな」

「はい」

「あれは赤子だったのだが、どうも爆発の中心地がその赤子のいた部屋の近くに設定されていたようだ」

 お父様の言葉に、私は最後に見たポーロックの姿を思い出した。爆発の起点のすぐ近くに赤子がいた。その事実は普通に聞けばただの残酷な行為でしかないが、彼がわざとそうしたのだとしたら……。

「遺体が見つからないことを、不自然に思わせないため……?」

「そうだ。その子は救い出されている可能性がある」

「……」

 子供。

 ポーロックは隠れ家があると言っていた。協力者がいるのかは分からないけれど、正常な倫理観を最後まで持ち合わせていた彼なら、あれほどの技術がある彼なら、あの爆発から子供を救えたのかもしれない。

 お父様の計画よりも自分の倫理観を守ると――それを見破るであろうお父様へのメッセージに代えたのかもしれない。

「……今までの彼からは、考えられないようなことです」

「ポーロックはお前を高く評価していた」

 静かな声だった。

「お前たちの付き合いはわたしが予想していたよりも長く続いた――あれが去ったことは残念だが、倫理観を捨てないことを最終的に選んだのは……お前の与えた影響によるのかもしれない」

 お父様の口調はなんだかいつもと違っていた。

 発言の不穏さとはまったく異なり、お父様の目はただこちらを眺めている。娘である私の表情を、父親として。

「お前は優しい子だ。組織にありながら、稀有なことだ。あれが自分の生き方を振り返るのも無理はない」

 優しい子。そんな風に言われたのはいつ以来だろう?

 この人は確かに組織を統べる存在だ。私にとっても上司であるし、指示を仰ぐ先でもある。

 でも、父親だ。

 幼い頃から私を宝と言い続けた、私のことを愛するただひとりの父親だ。

 組織のことを誰よりも思い、厳しくあらねばと思っている人。お父様の今の心情のすべてを推し量ることはできないけれど、私はポーロックを守ろうとするあまり父を恐れていなかったか。

 この人のことをある種の敵のように思っていなかっただろうか?

 彼を売ることはしない。けれども私は変わらずに組織の中で生きていくし、そう思えるのはお父様が組織を束ねているからだ。

 かけがえのない父がそこに、信念を持って立っているからだ。

 二人だけの時間が、しばらく流れた。

「……彼は最後まで、組織のことを悪く言いはしませんでした」

 そう口にしたら、全てが伝わったようなものだった。

 珍しくもどこか迷子のように彷徨っていた視線が、一点に落ち着く。言葉少なな相槌と共にお父様は頷く。

 知っていたのだな。

 語り口は優しかった。決して私を責めることはないまま、独り言のように呟く。

 ――そろそろ、頃合いのようだ。


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