ソフィア。
君の持っていた正義の光は、娘へと確かに受け継がれた。あの子はいつも人を守ろうとし、自分がそれにかかる負担を負おうとする。
君と同じだ。
組織の拡大に伴う変容を憂い、去っていった者がいる。その者のことをアザリーはわたしに秘匿していた。
父親であるわたしが、その者のきわめて人間的な憂いを許さないと考えたのだ。
そして去り行く者の感情に寄り添おうとした。憎からず思っていただろう彼を庇っていたことは、その者が去ってようやくわたしに明かされた。
彼を庇ったことは、わたしへの背信ではない。あの子はただ内心の情を捨てなかっただけだ。
むしろ、それがあの子の限界線だと知れて、わたしは安堵している……。
あの子はひとり、未だ純粋な秩序の中にある。
君が生きていたら、どう思っただろう。君が愛した秩序は、果たして今の組織に宿っているのだろうか?
アザリーが組織に留まっているのは、わたしがいるからだ。
あの子はわたしが率いる限りこの組織に留まるだろう。そして昔と変わらず、正義と秩序を守りたいと言うだろう。
だが、このままではいずれその信念ごと壊れてしまう――そう、今回の行動を見ていてよく分かった。
君を救えなかった代わりにわたしは組織を作った。だが、それは君の娘を苦しめるものになってきてしまっている。
組織にいることと秩序を守ることがイコールではなくなる前に、わたしは手を打たなければならない。
あの子が心を壊す前に選択しなければならない。
あの子の瞳の輝きは決して失われない。失われるべきではない。
――ソフィア。
シャーロック・ホームズが、組織に生じた綻びを捉えた。
それはほんの小さな躓きだ。
規模が拡大していく中で、予測されたことではあった。我々が手にした力の余波が、結果としてあの探偵の観測する先に跡を残すこととなったのだ。
これまでにも彼が我々を探ろうとする度に、わたしはそれを妨害してきた。わたしと彼は幾度もの攻防を重ねてきた。わたしは完璧な勝利を収めることが常だったのだが、ついにそれが崩れた。
彼こそがこの組織を崩壊させるのかもしれない。
わたしが昔から心血を注ぎ、君のような犠牲者を出さないためにと思って守ってきた組織だ。むろん、失いたくはない。
たとえ最後にあの探偵が全てを暴いたとしても、わたしの考え方を変えることはできない。わたしの選んだ道が誤りだったとは、決して認めない。
組織の壊滅を狙ってすっかり張られた彼の罠に対しても、持てる力のすべてを使って対処していく。わたしがあの探偵に何も報いずに捕まることはありえない。
ただ、少し。
いずれはこうなる運命だったのかもしれないと、思うこともある。
……嘘だ。ソフィア。
そんなことは考えていないとも。我々は秩序のために戦っている。大丈夫だ。
それにたとえ何が起きようと、君の娘は。
わたし達の娘のことだけは守る。何に代えようとも。