「……は?」
鏡に映る少女――いや、俺は、信じられないものを見るように、震える指先をそっと頬に這わせた。
肌は滑らかで、まるで陶器のような感触。柔らかく、どこまでも繊細なそれは、かつての自分のものとはまるで違っていた。
「こ、これは……どういうことだ……?」
掠れた声が、まるで別人のように耳に届く。甲高く、どこか甘やかな響きを帯びた声。間違いなく、俺のものではない。
「姫様、大丈夫でございますか?」
背後から響いた声に、俺は反射的に振り返った。その勢いで、長い銀髪がふわりと宙を舞う。その軽やかな動きにすら違和感を覚え、俺は思わず足をすくませた。
「待て、これは……何なんだ?!」
叫ぶと同時に、胸元の違和感がはっきりと意識にのぼる。膨らみ。重量感。鼓動を打つような確かな存在感。慌てて手を当てた途端、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。
「……何だよ、これ……!」
間違いなく、俺は男だったはずだ。剣を握り、汗を流し、鍛え抜いた肉体を誇りにしていた。だが、今の俺は、どこからどう見ても――華奢な少女だった。
「落ち着いてください、姫様」
近づいてくる黒衣の老人、先ほどから「姫様」と呼ぶこの男は、何を言っているのか理解しているのか? 俺は姫などではない。
「俺は姫じゃねぇ! どうなってるんだよ!」
だが、老人は微笑を崩さず、まるで子どもを宥めるような優しい口調で言った。
「ですが、これは紛れもない事実。あなた様こそ、王国再興の希望――アルザード王国最後の王女、レイシア様なのです」
俺の頭にズキンと鈍い痛みが走る。嘘だ。こんなこと、あるはずがない。
「俺は……俺は、神崎蓮だ。剣道の試合をしていたんだ。なのに、何でこんな……っ!」
もう一度、鏡を覗き込む。そこに映る少女は、俺が動くたびに同じように動く。紅い瞳が揺れ、驚きに染まった表情が映し出される。
美しい。そんな言葉が、思わず脳裏をよぎった。
この少女は、まるで幻想の中の存在のようだった。透き通るような銀髪、白磁のような肌。驚きに揺れる睫毛の影が、頬をかすかに染める。どこからどう見ても――完璧なまでに美しい、異世界の姫。
「……冗談じゃねえ……」
ガタリと、俺はその場に座り込んだ。足元に広がる純白のナイトドレスがふわりと揺れる。その違和感すら、俺の混乱を深めていく。
「これは夢だ……そうだろ? だって、こんなの……」
「夢ではございません、姫様」
老人の声は静かで、けれど否応なく現実を突きつけてくるものだった。
「あなた様は、確かに異世界へ召喚されたのです。そして、あなた様の真の姿こそ、このレイシア・フォン・アルザード――王女なのです」
俺の真の姿? ふざけるな。
だが、鏡に映る少女の姿は、決して消えてはくれなかった。