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第2話

 「……は?」




 鏡に映る少女――いや、俺は、信じられないものを見るように、震える指先をそっと頬に這わせた。




 肌は滑らかで、まるで陶器のような感触。柔らかく、どこまでも繊細なそれは、かつての自分のものとはまるで違っていた。




 「こ、これは……どういうことだ……?」




 掠れた声が、まるで別人のように耳に届く。甲高く、どこか甘やかな響きを帯びた声。間違いなく、俺のものではない。




 「姫様、大丈夫でございますか?」




 背後から響いた声に、俺は反射的に振り返った。その勢いで、長い銀髪がふわりと宙を舞う。その軽やかな動きにすら違和感を覚え、俺は思わず足をすくませた。




 「待て、これは……何なんだ?!」




 叫ぶと同時に、胸元の違和感がはっきりと意識にのぼる。膨らみ。重量感。鼓動を打つような確かな存在感。慌てて手を当てた途端、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。




 「……何だよ、これ……!」




 間違いなく、俺は男だったはずだ。剣を握り、汗を流し、鍛え抜いた肉体を誇りにしていた。だが、今の俺は、どこからどう見ても――華奢な少女だった。




 「落ち着いてください、姫様」




 近づいてくる黒衣の老人、先ほどから「姫様」と呼ぶこの男は、何を言っているのか理解しているのか? 俺は姫などではない。




 「俺は姫じゃねぇ! どうなってるんだよ!」




 だが、老人は微笑を崩さず、まるで子どもを宥めるような優しい口調で言った。




 「ですが、これは紛れもない事実。あなた様こそ、王国再興の希望――アルザード王国最後の王女、レイシア様なのです」




 俺の頭にズキンと鈍い痛みが走る。嘘だ。こんなこと、あるはずがない。




 「俺は……俺は、神崎蓮だ。剣道の試合をしていたんだ。なのに、何でこんな……っ!」




 もう一度、鏡を覗き込む。そこに映る少女は、俺が動くたびに同じように動く。紅い瞳が揺れ、驚きに染まった表情が映し出される。




 美しい。そんな言葉が、思わず脳裏をよぎった。




 この少女は、まるで幻想の中の存在のようだった。透き通るような銀髪、白磁のような肌。驚きに揺れる睫毛の影が、頬をかすかに染める。どこからどう見ても――完璧なまでに美しい、異世界の姫。




 「……冗談じゃねえ……」




 ガタリと、俺はその場に座り込んだ。足元に広がる純白のナイトドレスがふわりと揺れる。その違和感すら、俺の混乱を深めていく。




 「これは夢だ……そうだろ? だって、こんなの……」




 「夢ではございません、姫様」




 老人の声は静かで、けれど否応なく現実を突きつけてくるものだった。




 「あなた様は、確かに異世界へ召喚されたのです。そして、あなた様の真の姿こそ、このレイシア・フォン・アルザード――王女なのです」




 俺の真の姿? ふざけるな。




 だが、鏡に映る少女の姿は、決して消えてはくれなかった。

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