「ふざけるな……俺が、王女だと?」
声が震えていたのは、怒りのせいか、それとも恐怖のせいか。俺は床に膝をついたまま、呆然と老人――いや、魔法使いを睨みつけた。
彼は穏やかに微笑んでいるが、その目にはどこか確信めいた光が宿っている。まるで、俺が王女であることが決定事項であるかのように。
「どうしても信じられませんか、姫様?」
「当たり前だ! 俺は男だった! 剣士だった! それが、目を覚ましたらこんな……!」
思わず胸元を掴む。だが、その手のひらに感じるのは、柔らかなふくらみ。やはり、これは夢でも錯覚でもない。
「落ち着いてください、姫様」
老人がゆっくりと歩み寄る。俺は反射的に後ずさるが、身体は今までのものとは違う。軽いのに力が出ない。足元がふらつき、バランスを崩しかける。
「……っ!」
すると、突然、背後から別の腕が伸びてきて、俺の身体をしっかりと支えた。
「大丈夫ですか、姫様?」
低く、穏やかな声。振り返ると、そこには長身の男が立っていた。鋼のような青い瞳と、整った顔立ち。銀の甲冑を身にまとい、背筋を伸ばしたその姿は、まさしく騎士のそれだった。
「……お前は?」
「私の名はユージン・クラウゼ。姫様の騎士として、命を捧げる者です」
騎士――俺の、騎士?
「待て、そんな覚えはねえぞ……」
「当然です。姫様は長い間、封印されておりましたから」
老人が再び口を開く。俺はぎこちなく立ち上がり、言葉を搾り出した。
「封印? 一体何の話だ」
「姫様は、アルザード王国最後の王族であり、この国の再興を担う希望の存在なのです。ゆえに、王国が滅びる際、王家の血を絶やさぬようにと、姫様の魂は封じられ、時が満ちるまで待機していたのです」
「待て、それじゃあ俺の記憶はどうなる?」
「おそらく、封印の影響で過去の記憶が混ざったのでしょう。本来の姫様の魂が、違う世界で『神崎蓮』という名の剣士として生きていた……そう考えれば、辻褄が合います」
「そんな……」
俺は愕然とした。神崎蓮として生きてきた俺が、ただの幻だった? そんなはずはない。だが、身体は紛れもなくこの世界のもので、男だったはずの俺は、今、少女の姿をしている。
「そんなの……認められるかよ」
だが、老人は冷静に続ける。
「認めるも何も、姫様はもう、この世界の運命から逃れることはできません」
「……どういう意味だ?」
「この国には、姫様の帰還を待つ者が大勢おります。そして、姫様の存在を快く思わぬ者も……」
老人の言葉が終わるより早く、扉の向こうで激しい足音が響いた。
「姫様の目覚めを聞きつけた者たちが、すでに動き出しています。城の中に潜む敵が、姫様を抹殺しようとしているのです」
俺の背筋が凍る。
「何だと……!?」
ユージンがすっと剣を抜いた。その刃は月光を浴びて静かに輝いている。
「姫様、今すぐお逃げください。ここに留まれば、命はありません」
「お、俺が狙われる……?」
状況が飲み込めない。ついさっきまで、俺は試合の最中だった。だというのに、今は王女になり、命まで狙われている? こんなの、どんな悪い冗談だ?
「ふざけるな……俺は、そんなの望んでねぇ!」
だが、そんな俺の叫びをかき消すように、扉が激しく開かれた。
――逃げられない。そう、本能が告げていた。