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第4話

「姫様、それではお着替えをいたしましょう」




優雅な声が部屋に響いた瞬間、俺の背筋は凍りついた。




「……着替え?」




目の前に立つのは、青いドレスを身にまとった侍女の女性。柔らかい微笑みを浮かべているが、その瞳の奥には一切の容赦がない。まるで、ここから逃れることは不可能であると告げているようだった。




俺は反射的に後ずさった。




「ちょ、ちょっと待て! 俺は……」




「姫様、何をそんなに怯えておられるのですか?」




侍女は穏やかに微笑みながら、すっと俺の腕を掴む。その指は意外なほどしっかりとしていて、簡単には振りほどけそうにない。




「だ、だから俺は男だって言ってるだろ! こんな……こんなフリフリの服、着るわけないだろ!」




目の前に広げられたのは、ふわりとしたシルエットのドレス。淡いラベンダー色の生地には繊細な刺繍が施され、胸元には真珠の装飾が輝いている。見るからに高貴な王女の衣装だった。




「さぁ、こちらへ」




侍女は慣れた手つきで俺を椅子に座らせると、さっさとナイトドレスのリボンを解き始めた。




「ちょっ、待て! 自分で着替えられるから、出て――!」




「何をおっしゃいます、姫様。お一人で着替えなどできるはずがありません。私どもがお手伝い致します」




「手伝わなくていい!」




だが、抵抗も虚しく、侍女たちはまるで当たり前のように、俺の身体に手を伸ばす。




「ちょ、やめ……!」




あっという間に、俺はほぼ下着姿にされていた。




「くそ……!」




男の身体だった頃なら、羞恥心など感じることはなかった。だが、今の俺の身体は――女だ。華奢で、肌が滑らかで、どこか繊細な感じがする。鏡に映る自分の姿を見て、胸の奥がざわつく。




「姫様、本当に美しいお姿ですわ」




「ふざけるな……!」




侍女たちは何も気にする様子もなく、俺の身体にコルセットを巻きつけた。




「うぐっ……!」




息が詰まりそうなほど、きつく締め付けられる。背筋がピンと伸び、強制的に美しい姿勢を作られる。




「少し苦しいかもしれませんが、これが貴族の女性のたしなみでございます」




俺はぐっと奥歯を噛み締めた。こんなもの、たしなみでも何でもない。ただの拷問だ。




「では、ドレスをお召しください」




ドレスがふんわりと頭上から被せられ、俺の身体にぴたりと沿うように着せられる。




「……うわ」




思わず声が漏れた。




ドレスは驚くほど軽やかで、動くたびに柔らかく揺れる。まるで何も着ていないような不思議な感覚。しかし、胸元のリボンやスカートのふくらみが、自分が女であることをこれでもかと強調してくる。




「うむ……とてもお似合いです」




突然、背後から低い声が響いた。




「……!?」




驚いて振り向くと、そこには騎士ユージンが立っていた。




「おい! いつからそこにいた!」




「最初からですが?」




「ふざけるな、出ていけ!!」




顔が一気に熱くなる。自分が男だった時なら気にすることのなかった視線が、今は妙に気になる。




ユージンは微笑しながら、ゆっくりと俺の方に歩み寄ると、手を差し出した。




「姫様、手を」




「だから俺は姫じゃねぇって言ってるだろ……!」




だが、ユージンは涼しい顔のまま、俺の手を取り、軽く持ち上げた。




「……お前、何を……」




「見違えましたね、姫様。剣を握っていた頃とはまるで別人のようです」




「ぐっ……!」




どういう意味だ、それは! 俺は拳を握りしめようとしたが、ドレスの袖がひらりと揺れ、それすらままならない。




「まるで本物の姫のようですよ」




ユージンの声がどこか楽しげに響いた。




「……クソッ!」




俺はその場に座り込み、顔を覆った。




ドレスを着ただけで、こんなに周囲の態度が変わるのか? いや、それ以上に……




(こんな恥ずかしい気持ちになるなんて……)




こんな俺を見て、ユージンはますます微笑みを深めた。




「大丈夫です、姫様。すぐに慣れますよ」




「慣れたくねぇよ!」




屈辱的で、恥ずかしくて、逃げ出したい気持ちが膨れ上がる。




だが、そんな俺の思いとは裏腹に、鏡の中の自分はまるで高貴な姫君のようだった。

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