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第7話

 王女として目覚めた日から、俺はずっと落ち着かない日々を送っていた。


 異世界に召喚され、見知らぬ土地で美少女にされ、勝手に「王国の希望」と持ち上げられたかと思えば、貴族の礼儀作法や優雅な歩き方を叩き込まれる。


 そして今度は「城の中に危険な者がいる」だと?




 「……どういうことだ?」




 俺は不機嫌そうに尋ねた。




 「つまり、姫様の存在を快く思わぬ者たちが、何らかの行動を起こす可能性が高いということです」




 目の前に立つのはユージン・クラウゼ。


 彼は相変わらず冷静な表情を崩さず、青い瞳を俺へと向けていた。




 「そりゃあ、俺が突然現れて"王女様"とか言われりゃ、反発する奴もいるだろうよ」




 「その通りです。しかし、問題はその反発がどこまで発展するか、ということです」




 ユージンは腕を組み、厳しい表情になった。




 「情報によれば、一部の貴族が姫様を"偽物"と考えており、早々に排除する動きを見せているとのこと」




 「……暗殺ってことか?」




 俺は眉をひそめた。冗談じゃない。異世界に来たと思ったら、今度は命まで狙われるのか?




 「残念ながら、その可能性は否定できません」




 ユージンの声は静かだった。だが、その瞳の奥には鋭い警戒の色が滲んでいた。




 「おいおい……俺はここでの生活にまだ全然慣れてねぇってのに、そんな厄介ごとまで抱えなきゃならねぇのかよ」




 俺は大きく息を吐いた。




 「それが、王族としての宿命なのです」




 隣で静かに告げたのは、教育係のクラリスだった。


 彼女は俺を一瞥し、慎重に言葉を選びながら続ける。




 「アルザード王国はかつて偉大な王国でした。しかし、長きにわたる戦争と内乱によって滅びました。そして、王家の血筋が失われた今、この国をまとめ上げる象徴が必要なのです」




 「……だから俺を王女にしたってわけか」




 「ええ。その期待がある一方で、当然のように"望まない者たち"もいるのです」




 「はぁ……」




 俺はため息をついた。この身体に慣れるだけでも大変なのに、今度は命の危険までついてくるのか。




 「敵は、どこにいる?」




 「現時点では不明です。しかし、動きは確実にあるはず。警戒を怠ってはなりません」




 ユージンが静かに言う。その目が、まるで俺を見張るように鋭く光る。




 「何だよ、その目」




 「姫様はまだ油断しておられるようなので」




 「は?」




 俺が眉をひそめると、ユージンはゆっくりと俺の前に歩み寄った。そして、突然――剣を抜いた。




 「っ!?」




 「姫様、もしも今、この場で私が敵だったとしたら、どうなっていたと思いますか?」




 ユージンの剣の刃が、俺の喉元にピタリと止まる。反射的に身を引こうとしたが、身体が動かない。




 「……クソッ……!」




 俺は歯を食いしばった。俺が男だった頃なら、こんなことにはならなかった。だが、今の俺の身体は小さく、力もない。武器もないし、防ぐ術もない。




 「今の姫様は、戦場に出ればただの獲物です」




 ユージンは淡々と言い放つ。




 「……分かったよ。どうすればいい?」




 俺は、悔しさを押し殺しながら答えた。




 ユージンは剣を収め、静かに言った。




 「まずは、城の中で誰が味方かを見極めることです。貴族たちの動きを探り、敵の企みを事前に察知しなければなりません」




 「具体的には?」




 「姫様には、今後公の場に出ていただきます」




 「……公の場?」




 嫌な予感しかしない。




 「ええ。社交の場に姿を見せ、王女としての存在を示すのです」




 「いや、そんなの面倒くさいだろ!」




 「ですが、必要なことです」




 俺は再び頭を抱えた。ドレスに着替えさせられ、貴族たちの前で優雅に振る舞うだと? そんなの俺の性に合わねぇ。




 「姫様、これはただの挨拶ではありません」




 ユージンが真剣な目で俺を見つめる。




 「敵が動くなら、社交の場こそ最も分かりやすい。どの貴族が姫様に忠誠を誓い、どの貴族が敵意を抱いているか――その目で見極めるのです」




 俺はユージンの言葉を噛み締めるように考えた。




 確かに、それは理にかなっている。敵の動きを知るためには、俺もそれなりに動く必要がある。




 「……分かったよ。やってやる」




 俺は不承不承ながらも答えた。




 ユージンはわずかに微笑み、静かに言った。




 「では、準備をいたしましょう。まずは、姫様にふさわしい舞踏会の礼儀から」




 「……え?」




 「美しく、優雅に振る舞うための訓練です」




 「ちょっと待て、それは聞いてねぇ!!」




 俺の叫びが、無情にも城の廊下に響き渡った。

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