「お前、蓮を守れるのか?」
大広間に張り詰めた空気の中、蒼真が低い声で言った。
ユージン・クラウゼは微動だにせず、鋭い青い瞳で蒼真を見据えている。
「当然です。姫様をお守りするのが、私の務めです」
「……は? 勘違いしてんじゃねぇよ」
蒼真がユージンへと歩み寄る。
「蓮は俺の幼馴染だ。誰よりも長く一緒にいて、誰よりも近くで支えてきたのは俺だ。だから、俺が守る」
「それは"過去"の話でしょう」
ユージンは冷静に言い放つ。
「今の姫様は、このアルザード王国の王女。貴方の知る"神崎蓮"ではありません」
「ふざけるな!」
蒼真が鋭く睨む。
「蓮は蓮だ! 王女になったからって、アイツの本質が変わるわけじゃねぇ!」
「ですが、姫様の立場は変わりました」
ユージンの表情は微動だにしない。
「私はこの命に代えても姫様をお守りします。それが、王女の騎士としての使命です」
「……その使命とやらのために、アイツを檻の中に閉じ込めるつもりか?」
蒼真の声が低くなる。
「アイツは戦う人間だ。護られるだけの存在じゃねぇ」
ユージンの目が、わずかに揺れた。
「……分かっています」
「分かってねぇだろ。だったら、"姫様"じゃなくて"蓮"としてアイツを見ろよ」
蒼真の言葉に、ユージンの表情がわずかに険しくなる。
「それは……できません」
「なぜだ?」
「姫様は王族です。どんなに剣の才があろうとも、王族が自ら戦うべきではない。それが、この世界の掟です」
「そんなもん、知ったことかよ!」
蒼真が一歩前に出る。
「アイツの意思を無視して"護られるだけの存在"にするつもりか? それが、お前の忠誠ってやつか?」
「……!」
ユージンの拳が強く握られる。
「私は……」
「やめろ!」
俺は二人の間に割って入った。
「くだらねぇことで争うな!」
二人の視線が一斉に俺に向けられる。
「くだらない?」
蒼真が呆れたように言った。
「お前を守るって話なんだけど?」
「そうだ。だからこそ、俺が決める」
俺は両手を腰に当て、二人を交互に睨んだ。
「蒼真、お前は"俺"を守るって言うけどな、俺はお前の後ろに隠れるつもりはねぇ」
「それは分かってる。でも、お前は前みたいに戦えねぇだろ?」
「だからって、お前の後ろに下がる理由にはならねぇ」
蒼真が歯を食いしばる。
「ユージン、お前もだ」
俺は鋭い視線を彼に向けた。
「俺を"姫様"として扱うのは勝手だが、それで俺の意思を無視するなら、俺の騎士なんかやめちまえ」
ユージンの目がわずかに見開かれる。
「俺は王女になったかもしれねぇ。でも、それでも俺は戦いたい。守られるだけなんて、ごめんだ」
沈黙が落ちる。
やがて、ユージンが静かに息をついた。
「……承知しました」
俺は驚いて彼を見た。
「え?」
「姫様のご意思を尊重しましょう」
ユージンは静かに頷いた。
「私の使命は、姫様をお守りすることです。しかし、それが"戦う自由を奪う"ことになるのなら、本末転倒でしょう」
「……マジかよ」
蒼真が呆れたように言う。
「お前、あっさり認めるのか?」
「姫様がそう望まれるなら」
「なんだよ、それ……」
蒼真がぽりぽりと頭をかく。
「お前、プライドとかないのか?」
「あるが、それよりも大切なものがあります」
「……なんだよ、それ」
「姫様の意思です」
ユージンは淡々と言う。
蒼真がしばらくユージンを睨みつけていたが、やがて深いため息をついた。
「はぁ……分かったよ」
彼は渋々といった表情で腕を組む。
「でもな、ユージン。俺もお前と同じくらい、いや、それ以上に蓮を守るつもりだからな」
「ならば、共に姫様をお守りしましょう」
ユージンが微笑む。
「……面白くねぇな」
蒼真がぼやくように言った。
俺はようやく肩の力を抜き、二人を見た。
「……お前ら、本当に面倒くせぇな」
「どっちが?」
「両方だ」
俺の言葉に、蒼真とユージンは一瞬顔を見合わせ――そして、同時に苦笑した。
こうして、"俺を守る戦い"は、ようやく幕を閉じたのだった。