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第13話初めての舞踏会

 「姫様、お時間でございます」




 クラリスの落ち着いた声が部屋に響く。俺は深いため息をついた。




 「……マジで行かなきゃダメか?」




 「当然でございます」




 鏡の前に映るのは、信じられないほど華やかなドレスを纏った俺の姿だった。




 淡い青のドレスは胸元から裾にかけて繊細な刺繍が施され、スカート部分は幾重にも重なるレースでふんわりと膨らんでいる。袖口には細かなパールが散りばめられ、腰には銀のリボンが優雅に結ばれていた。




 ――どう見ても、完全なる"お姫様"だった。




 「……俺、これ本当に着なきゃダメ?」




 「何をおっしゃいますか、姫様。舞踏会とは貴族たちとの最初の交流の場。ここで王女としての威厳を示すことが重要なのです」




 「俺にそんな威厳なんかねぇよ……」




 ぼやきながら鏡の中の自分を見る。長く流れる銀髪に、輝く紅い瞳。まるで"絵画の中の姫君"のように整った容姿がそこにあった。




 「……はぁ」




 結局、俺に選択肢なんてない。




 観念して、ドレスのスカートを軽く持ち上げた。




 「行くぞ」




 クラリスが満足げに微笑む。




 「姫様、胸を張ってお進みくださいませ」




 ◆




 大広間の扉が開かれた瞬間、そこにいた貴族たちの視線が一斉に俺へと集まった。




 「……うわ」




 人が多い。しかも、そのほとんどが俺をまじまじと見つめている。




 ざわ……と広間に微かなどよめきが走る。




 「なんという美しさ……」




 「これがアルザード王国の姫……」




 「まるで月の女神のようだ……」




 そんなささやきが聞こえてくる。俺は居心地の悪さに、無意識にスカートをぎゅっと握った。




 「姫様、堂々となさって」




 隣に立つユージンが小声で囁く。




 「堂々となんてできるかよ……!」




 「皆様、姫様にご挨拶を」




 クラリスの合図で、貴族たちが次々と俺の前に進み出てきた。




 「レイシア姫様、お会いできて光栄です」




 「姫様のお美しさは噂以上ですな」




 「これほど気品あるお方が王国に戻られたこと、喜ばしい限りです」




 そんな言葉が次々と飛び交う。




 「え、あ、はい、ども……?」




 何と言えばいいか分からず、適当に頭を下げる。




 クラリスがすぐに咳払いした。




 「姫様、"ご機嫌麗しゅうございます"です」




 「ご機嫌麗しゅう……?」




 「そうでございます」




 「ご、ご機嫌麗しゅう……」




 貴族たちがくすっと微笑む。




 「ああ、なんと可愛らしい!」




 「初々しさがまた素晴らしいですな!」




 ――やばい、完全に"王女らしい対応"ができてねぇ。




 「姫様、落ち着いて」




 ユージンがさりげなくフォローする。




 「くそ……こんな場に出たくなかったんだよ……」




 俺は心の中でぼやきながら、貴族たちの相手を続けた。




 ◆




 「姫様、次はダンスの時間でございます」




 クラリスが優雅に言う。




 「ダンス!? 俺、そんなもんできねぇぞ!」




 「ご安心ください。パートナーがお導きいたします」




 「パートナー……?」




 そう言った瞬間、俺の前に一人の男が現れた。




 「姫様、お手を」




 蒼真だった。




 「お前……!」




 「ダンスくらい、付き合ってやるよ」




 蒼真がニヤリと笑う。




 「ちょっと待て、俺は踊れねぇって……!」




 「いいから、ついてこい」




 そう言って、俺の手を引く。




 「わっ……!」




 蒼真の手は大きくて、温かかった。




 俺は慌ててバランスを取ろうとするが、ドレスの裾がふわりと広がり、思うように動けない。




 「ほら、足をこう動かすんだよ」




 蒼真が俺の腰に手を回し、リードする。




 「ち、近い!」




 「ダンスってのは、こういうもんだろ?」




 蒼真が余裕の笑みを浮かべる。




 「……くそ、バカにしてるだろ?」




 「いや、マジでお前がこんな姿で踊ってるの、面白くて仕方ねぇ」




 俺は赤くなった。




 「こ、殺すぞ!」




 「お姫様がそんな言葉使うなよ」




 蒼真は笑いながら、俺の手を引いた。




 気づけば、音楽に合わせて俺たちは踊っていた。




 貴族たちは微笑ましげに俺たちを見つめている。




 「……くそ、どうしてこんなことになったんだよ」




 「お前が王女になったからだろ?」




 「お前も勇者になってんじゃねぇか」




 「まぁな」




 俺たちは言い合いながらも、ダンスを続ける。




 俺が舞踏会に慣れる日は――まだまだ遠そうだった。

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