舞踏会が終わり、俺はやっとの思いで自室へ戻ってきた。
「はぁ……疲れた……」
フカフカのソファに座り込み、ぐったりとため息をつく。
貴族たちに囲まれ、王女らしい振る舞いを求められ、さらにはダンスまで踊らされる――
人生でこんなに気を遣った日はなかった。
「俺、もう二度とあんな場所行きたくねぇ……」
そうぼやいていると、ノックの音がした。
「姫様、お邪魔しても?」
ユージンの落ち着いた声が聞こえる。
「……ああ、入れよ」
俺がそう言うと、ユージンは静かに部屋へ入ってきた。
「お疲れのようですね」
「当たり前だろ……慣れねぇことばっかで、こっちはヘトヘトなんだよ」
俺は背もたれに頭を預けながら、ユージンを見上げる。
「それに……アイツのせいで余計に疲れた」
「"アイツ"とは?」
「蒼真だよ」
俺がそう言うと、ユージンは微かに目を細めた。
「確かに、勇者殿は姫様と非常に親しげなご様子でした」
「……まぁ、幼馴染だからな」
俺が肩をすくめると、ユージンは何かを考えるように少し黙り込んだ。
「……?」
なんだ? いつも冷静なユージンの表情が、どこか複雑に見える。
「……どうかしたか?」
俺が尋ねると、ユージンは微かにため息をついた。
「いえ、ただ……」
ユージンは静かに俺に近づいてくる。
「……?」
気づけば、俺とユージンの距離はかなり近かった。
「ちょ、ちょっと……」
思わず後ずさろうとするが、ソファに座っているせいで逃げ場がない。
「姫様」
ユージンが低い声で囁く。
「……な、なんだよ」
「貴族たちは、皆、姫様に魅了されていましたね」
「……は?」
「特に、ダンスの時……姫様の美しさに、誰もが息を呑んでいました」
ユージンの言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。
「……お前、何言って……」
「私は……」
ユージンが俺をじっと見つめる。
「……貴族たちが姫様に向ける視線が、少し、気に入りませんでした」
「……っ!」
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の顔が一気に熱くなる。
「お、お前……それって……」
「おそらく、"騎士としての忠誠心"では説明できない感情なのでしょう」
ユージンが俺の手をそっと取る。
「なっ……!」
「私は、姫様の剣となる存在……それは揺るぎません。しかし……」
ユージンの指が、俺の手の甲をなぞるように動く。
「それ以上の感情が芽生え始めていることを、自覚しております」
ユージンの瞳は、深く、静かに俺を見つめていた。
「ちょ、ちょっと待て……」
俺は慌てて手を引こうとするが、ユージンは優しく、それでいてしっかりと俺の手を握ったまま離さない。
「姫様……」
「や、やめろって! 俺は男だったんだぞ!? そんな……!」
「分かっています」
ユージンは穏やかに微笑む。
「ですが、私の心がどう感じるかは、別の話です」
「……っ!」
俺は完全に混乱していた。
ユージンは、俺のことを"王女"として見ているのか? それとも――
「私は、姫様をお守りするだけではなく……」
ユージンがそっと顔を近づける。
「……姫様の隣にいる者になりたいと、思うようになりました」
「っ……!」
俺の心臓が、異常なほどに速く脈打っているのが分かる。
「……冗談、だろ?」
震える声で問いかけると、ユージンは静かに首を振った。
「いいえ、本気です」
ユージンの真剣な瞳に、俺は言葉を失った。
俺は、どうすればいい?
このままユージンを拒絶するべきか? それとも――
「……姫様」
ユージンが俺の手を優しく握る。
俺は、ただ、彼を見つめることしかできなかった。