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第15話「私が君を守る」

 夜の帳が下り、城の中庭は静寂に包まれていた。




 俺はバルコニーの手すりにもたれかかり、空を見上げる。満天の星が広がり、夜風が頬を撫でた。




 この異世界に来てから、いろんなことがあった。


 王女にされ、貴族の前で社交デビューをし、そして――ユージンが俺に妙な態度を取り始めた。




 「……あいつ、最近おかしいよな」




 独り言のように呟く。




 ユージン・クラウゼ。俺の専属騎士であり、この世界で最も信頼できる男。


 彼は忠誠を誓い、俺の剣として戦う存在だった。




 それなのに――




 「……"それ以上の感情"って、何なんだよ」




 この前の舞踏会の夜、ユージンは俺の手を取って言った。




 『私は、姫様の隣にいる者になりたい』




 あのときの彼の瞳は、いつもの冷静な騎士のものじゃなかった。




 まるで、俺を――




 「……はぁ」




 考えたくもないのに、頭の中にユージンの顔が浮かぶ。


 慌てて頭を振った、そのとき。




 「姫様?」




 突然、後ろから声をかけられた。




 「うわっ!」




 驚いて振り返ると、そこにはユージンが立っていた。




 「な、なんだよ……驚かせんな」




 「すみません、少し様子が気になりまして」




 ユージンはいつものように落ち着いた態度で、俺を見つめていた。




 「こんな夜更けに、どうされたのです?」




 「別に……ただ、少し考え事をしてただけだ」




 「考え事、ですか」




 ユージンは俺の隣に静かに立つ。




 「……君が、こんな夜に一人でいるのは珍しいですね」




 「まあな」




 俺は苦笑した。




 すると、ユージンはゆっくりと俺を見た。




 「姫様」




 「ん?」




 「私が、君を守ります」




 「……?」




 ユージンの言葉に、俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。




 「え……?」




 「私は、姫様の騎士です。どんなときも、姫様の隣で剣を振るい、盾となる存在です」




 「……それは分かってるけど」




 「ですが……」




 ユージンは一歩近づいた。




 「それだけでは、もう済まされないのかもしれません」




 「……は?」




 俺の心臓が、なぜかドクンと跳ねた。




 「私は、君を守ることに喜びを感じている。姫様が剣を握るかぎり、私はその隣で共に戦いたい。だが……」




 ユージンの瞳が、俺を真っ直ぐに見据える。




 「もし、君が戦えなくなったときは……私は、それでも君のそばにいたいと、そう思うのです」




 「……!」




 俺は息を飲んだ。




 ユージンの言葉は、今までの"騎士としての忠誠"とは違う響きを持っていた。




 「……それって、どういう意味だ?」




 俺が慎重に問いかけると、ユージンはふっと微笑んだ。




 「私にも、よく分かりません」




 「は?」




 「ただ、君がこの世界に現れてから……私は"守ること"以外の感情を抱き始めている」




 ユージンの声は、どこか戸惑っていた。




 「姫様としての君ではなく、"レイシア"という一人の存在として、私は君を見ている」




 「……っ」




 俺の中で、何かがざわついた。




 「それって……つまり、お前は……」




 「私は君に惹かれ始めているのでしょう」




 ユージンは、静かに言った。




 俺の顔が一気に熱くなる。




 「な、なんで……!?」




 「なぜ、でしょうね」




 ユージンは微笑みながら、俺の手を取る。




 「君は強い。どんな困難にも立ち向かい、決して挫けない。それでいて、不器用なほどに人を想う心を持っている」




 「……」




 「そんな君を、私は……ただの主として見ることが、できなくなったのかもしれません」




 ユージンの手は、優しく、けれどしっかりと俺を掴んでいた。




 俺は、それを振り払うことができなかった。




 「……」




 今まで、男として生きてきた。


 そして今、俺は"王女"になっている。




 ユージンは、俺を"王女"として見ているのか? それとも――




 「……冗談、だよな?」




 俺は、なんとか笑おうとした。




 「いいえ、本気です」




 ユージンの目には、迷いがなかった。




 俺は、完全に混乱していた。




 「俺は……男だったんだぞ?」




 「それでも、私は……君が"君"であることに、惹かれているのかもしれません」




 ユージンの言葉が、俺の胸の奥に深く刺さった。




 「……っ」




 俺は、ユージンからそっと手を引いた。




 「……俺は、まだ、そんなの考えられねぇ」




 「……そうですね」




 ユージンは少しだけ微笑んだ。




 「では、その時が来るまで……私はただ、君のそばにいましょう」




 「……っ」




 その言葉が、なぜか、心に残った。




 俺は何も言えず、ただ夜空を見上げた。




 ――ユージンは、俺をどう見ているんだ?


 ――いや、それよりも……俺は、ユージンをどう思っているんだ?




 答えの出ない問いが、夜空に溶けていった。

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