夜の城の書庫は、静寂に包まれていた。
高くそびえる本棚の間に並ぶ無数の書物。
歴史書、戦記、魔法理論書――どれも古びた紙の匂いを漂わせている。
「……こんなにあるのかよ」
俺はため息をつきながら、目の前の本の山を見つめた。
「姫様、どこからお調べになりますか?」
隣で静かに問いかけるのは、ユージンだった。
「どこからって言われてもな……」
俺は目の前の分厚い歴史書を一冊取り上げ、表紙をめくる。
アルザード王国の滅亡――その真実を知るために。
王族として目覚めて以来、ずっと違和感があった。
なぜ俺はこの身体に転生したのか?
なぜ、俺が"最後の王女"などと呼ばれるのか?
そして――なぜ、アルザード王国は滅びたのか?
「今までの話だと、アルザード王国は戦争で滅んだってことになってる。でも、本当にそれだけなのか?」
「確かに……」
ユージンは静かに頷いた。
「戦争による滅亡にしては、あまりにも不自然です」
「だろ?」
俺は歴史書をめくる。
そこには、王国の滅亡についての記述があった。
"アルザード王国は隣国ヴィストリア帝国との戦争に敗れ、滅亡した"
「……それだけか?」
俺は眉をひそめる。
「戦争に敗れた国なんていくらでもあるだろ。でも、この国は王族の血が絶えたって言われてるんだよな?」
ユージンは頷く。
「その通りです。通常、敗戦国であっても、王族が全滅することは稀。降伏し、新たな体制のもとで生き残る例がほとんどですが……」
「なのに、アルザード王家は完全に消えた……?」
俺は本を閉じ、ユージンの方を見た。
「なぁ、これって"意図的"に王家を潰されたってことじゃねぇか?」
ユージンの表情が僅かに険しくなる。
「……そう考えざるを得ませんね」
「ってことは、アルザード王国の滅亡は、単なる戦争の結果じゃねぇってことだ」
ユージンは少しの間考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「姫様……もし、王家の血を断つことが目的だったとすれば、それは"王族が持つ何か"が脅威と見なされた可能性が高い」
「王族が持つ何か……?」
「アルザード王国には、代々伝わる"秘術"があると聞きます」
「秘術?」
俺はユージンを見つめた。
「それが何なのか、詳しい記録は残されていません。しかし、王家の血統にのみ継承される"特別な力"があったという言い伝えがあります」
「……待てよ」
俺は思わず拳を握った。
「じゃあ、その"力"を恐れた誰かが、王家を潰したってことか?」
ユージンは頷いた。
「可能性はあります。しかし、それを証明する記録がない……」
「くそ……」
俺は歯を食いしばる。
「俺が王女として生まれ変わったことも、その"力"と関係してるのか?」
「それは……分かりません」
ユージンは慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、姫様が"最後の王族"として目覚めた以上、何かしらの因果があるのは間違いないでしょう」
「……」
俺は拳を握りしめたまま、考え込む。
「なぁ、ユージン」
「はい」
「俺は……このまま"王女"でいるべきなのか?」
ユージンの表情が僅かに柔らぐ。
「その答えを決めるのは、姫様ご自身です」
「……そうかよ」
俺はため息をつき、夜空を見上げた。
王国の滅亡の真実。
それは、俺が王女として生まれ変わった理由に繋がるものかもしれない。
「……だったら、調べるしかねぇな」
俺は静かに呟いた。
「この国が滅びた理由を」
そして――
「俺がここにいる意味を」
ユージンが微かに微笑み、俺の肩を支えるようにそっと手を置いた。
「姫様がその道を歩まれるのなら、私はどこまでもお供いたします」
その言葉が、妙に心強く感じた。
俺は、逃げるつもりはない。
この世界で、自分の"役割"を見つけるために。
俺は、王国の過去と向き合うことを決めた。