不吉な空が王都を覆っていた。
紫がかった雲が低く垂れ込め、黒い雷が空を裂く。遠くから響く地響きのような振動が、大地を震わせている。
「……ついに来たか」
城のバルコニーからその光景を見下ろしながら、俺は深く息をついた。
「姫様」
ユージンが静かに言う。
「魔王軍が王都に向けて進軍を開始しました。報告では、おそらく明朝には城門へ到達するとのことです」
「……そうか」
俺は拳を握る。
この日が来ることは分かっていた。
勇者として召喚された蒼真が戦う運命にある以上、いずれ魔王軍と衝突するのは避けられなかった。
「蒼真は?」
「すでに戦支度を整え、軍と共に前線へ向かいました」
「……そうか」
俺の胸に、言いようのない感情が渦巻く。
蒼真は勇者として、この世界を救うために戦っている。
それが、彼の"役目"なのだ。
だけど――
「ユージン」
「はい」
俺は彼を真っ直ぐに見た。
「俺も、戦う」
ユージンは一瞬、目を見開いた。
「……姫様?」
「俺は、ただ王城で待つだけなんてまっぴらごめんだ」
俺の言葉に、ユージンの表情が険しくなる。
「ですが、姫様……王族が前線に立つのは、あまりにも危険です」
「そんなことは分かってる」
俺は拳を握りしめた。
「でもな、俺はもう"守られるだけの存在"じゃねぇ」
ユージンは沈黙する。
「この世界に来てから、ずっと考えてた。俺は、何のためにここにいるのか」
「……」
「最初は、ただ元に戻る方法を探していた。でも今は違う」
俺は自分の胸に手を当てる。
「この世界で、俺は王女として生きている。そして、剣士としても生きている」
「……」
「なら、俺は"この世界のために戦う"」
ユージンの目が揺れる。
「……ですが、姫様」
「ユージン、お前は俺の騎士だろ?」
俺は微笑む。
「なら、俺が決めたことに付き合えよ」
ユージンはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……お仕えする身としては、手のかかる主ですね」
「悪いな」
「いいえ」
ユージンは剣の柄に手をかけ、俺の前に膝をついた。
「姫様が戦うとお決めになったのなら、私はどこまでもお供いたします」
俺は、静かに頷いた。
夜が明け、戦場は混乱の渦に包まれていた。
「――押し込まれるな! 陣を維持しろ!」
蒼真の怒声が戦場に響く。
魔王軍の黒き騎士たちが、次々と剣を振り下ろす。
俺はその中に飛び込んだ。
「はあああっ!」
剣を振るい、黒き騎士の一体を斬り伏せる。
「っ!?」
敵の動きが一瞬止まる。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!」
蒼真の叫びが聞こえる。
「俺も戦うって言っただろ!」
「バカかお前は!」
蒼真が俺の腕を掴む。
「お前は王女なんだぞ! 戦場に出てくるなんて……!」
「王女だろうがなんだろうが、関係ねぇ!」
俺は腕を振り払う。
「俺は剣士だ! そして、この世界にいる"レイシア・フォン・アルザード"なんだ!」
蒼真が驚いたように俺を見る。
「……お前、マジかよ」
「マジだよ」
俺は剣を構え、目の前の敵を見据えた。
「俺はもう迷わねぇ。王女として、剣士として……"この世界を守る"!」
蒼真はしばらく俺を見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……お前ってやつは、本当に……」
そして、ふっと笑う。
「いいぜ、蓮……いや、レイシア」
蒼真が剣を構える。
「なら、俺の隣で戦え!」
「上等だ!」
俺たちは互いに背を預け、剣を構える。
――この戦いを、終わらせるために。
王女として、剣士として――俺は、この世界のために戦う!