夜の帳が静かに降りる。
魔王軍との決戦を控えた王都は、不気味なほどの静寂に包まれていた。まるで、嵐の前の静けさのように。
城のバルコニーで、俺は静かに夜空を見上げていた。
この世界に来てから、どれだけの時間が経っただろう。
王女として目覚め、剣士としての自分を模索し、戦う決意を固め――そして、今。
「……明日で、決まるんだな」
この世界の未来も、俺の運命も。
「やっぱり、こんなところにいたな」
背後から聞こえた声に、俺はゆっくりと振り返った。
「……蒼真」
蒼真が腕を組んで立っていた。
「お前、こういう時は絶対に一人で考え込んでるだろうと思った」
「……そうかもな」
俺は小さく笑い、視線を夜空へ戻した。
「明日、決戦だな」
「……ああ」
蒼真が俺の隣に並び、同じように空を見上げる。
「不安か?」
「……分からねぇ」
俺は正直に答えた。
「戦うこと自体は怖くねぇ。でも……何かが変わる気がする」
「何か?」
「この世界も、俺も……全部」
蒼真は少しだけ黙った後、小さく笑った。
「お前らしいな」
「そうか?」
「そうだよ」
蒼真はふっと息を吐く。
「お前はさ、昔からそうだった。勝てるかどうかなんて考える前に、"戦うしかない"って思って突っ込んでいく」
「……バカにしてるのか?」
「いや、褒めてるんだよ」
蒼真はまっすぐに俺を見つめる。
「お前は、すげぇよ」
「……急にどうした?」
俺は怪訝そうに蒼真を見た。
すると、蒼真は少しだけ視線をそらし、夜空を仰ぐ。
「なぁ、蓮……いや、レイシア」
「……ん?」
「もし……この戦いが終わったらさ」
蒼真の声が、妙に真剣だった。
「お前は、どうするんだ?」
「……どうする、って?」
「元の世界に戻りたいって、最初は言ってただろ?」
「……」
俺は言葉に詰まる。
確かに、ずっと戻る方法を探していた。でも、今は――
「……分からねぇ」
俺は正直に答えた。
「最初は、絶対に戻りたいって思ってた。でも、今は……この世界にいる"俺"も、俺なんだって思えてきた」
「……そうか」
蒼真は静かに呟く。
そして、少しの沈黙の後、ゆっくりと俺の方を向いた。
「だったら……」
蒼真の声が低くなる。
「もし、お前がこの世界に残るって言うなら……俺は――」
俺の心臓が、不意に跳ねた。
「……え?」
蒼真はまっすぐ俺を見つめている。
「俺は、お前のそばにいたい」
――何を、言ってるんだ?
「お前は、ずっと俺の"ライバル"だった。幼馴染で、最高の剣士で……負けたくない相手だった」
蒼真の言葉が、真剣すぎて、俺は戸惑う。
「でも……今のお前を見てると、なんていうか……その……」
蒼真が、珍しく言葉を詰まらせた。
「……俺は、お前に――」
「……待て」
俺は咄嗟に手を挙げた。
「お前、何を言おうとしてる?」
「……っ!」
蒼真が、ほんの一瞬だけ顔を赤くする。
「いや、その……!」
「……」
俺は、心臓の音がやけにうるさい気がした。
「俺、お前のこと……」
蒼真が、何かを言いかけた――その瞬間。
ゴォォォォン――!
城の鐘が鳴り響いた。
「っ!?」
俺たちは同時に振り向く。
「魔王軍の動きがあったのか……!?」
「くそ……!」
蒼真は歯を食いしばり、俺を一瞬だけ見つめた。
「……行くぞ、蓮」
「……ああ」
俺たちは、互いに頷き合い、城を駆け出した。
――俺は、今、何を聞きかけたんだ?
――いや、それよりも……
決戦が、ついに始まる。