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第22話「俺は、王女レイシアとして生きる」

 静寂が満ちた大広間。




 魔法陣の淡い光がゆらめき、古びた魔道書のページが微かに揺れる。


 ここに立つのは、俺、レイシア・フォン・アルザードと――蒼真、そしてユージン。




 「……ついに、ここまで来たな」




 俺は静かに呟く。




 長い間、探し求めた"帰る方法"が、今、目の前にある。


 この魔法陣を使えば、俺は元の世界へ戻ることができる。




 神崎蓮として、男の姿に戻ることができる。




 それが、俺の最初の目的だったはずなのに。




 「蓮……」




 蒼真が、絞り出すように俺の名を呼んだ。




 「お前……本当に、戻るのか?」




 「……」




 俺は魔法陣を見下ろしながら、拳を握る。




 「最初は……絶対に戻るって決めてた」




 「……」




 「でも、今は……俺の中で、もう"帰る"ことが唯一の答えじゃなくなった」




 蒼真の目が揺れる。




 「……それは」




 「俺は……」




 俺はゆっくりと、目を閉じた。




 この世界に来て、俺は多くのものを経験した。


 王女としての宿命を背負い、剣士としての誇りを貫こうとし、そして――この世界の仲間と共に歩んできた。




 蒼真。


 ユージン。


 クラリス。


 そして、この世界の人々。




 彼らと共に生きることが、俺にとって"当たり前"になりつつある。




 俺は、ただ"元に戻りたい"という理由だけで、この世界を捨てられるのか?




 「俺は……王女レイシアとして、生きる」




 言葉にした瞬間、自分の中で何かが決まった気がした。




 「……!」




 蒼真が息を呑む。




 「戻らない、のか?」




 「……ああ」




 俺は蒼真をまっすぐに見つめた。




 「俺は、もう"神崎蓮"じゃない。この世界で生きる"レイシア"なんだ」




 「でも……」




 蒼真の手が、ぎゅっと拳を握るのが見えた。




 「お前は、ずっと帰ることを望んでたじゃないか……! それなのに、今さら……」




 「今さら、じゃねぇよ」




 俺は微笑んだ。




 「俺は、もうここで生きるって決めたんだ」




 蒼真は唇を噛みしめ、俯く。




 「……そうかよ」




 彼の声が、かすかに震えた。




 「じゃあ、俺は……」




 「お前は、お前の道を行けよ」




 俺は、静かに言った。




 「お前は"勇者"なんだろ?」




 蒼真は目を閉じ、深く息を吐いた。




 「……ちくしょう」




 彼は小さく笑った。




 「お前らしいよ、ほんと」




 「だろ?」




 「……けどさ」




 蒼真は、ふっと俺の前に歩み寄る。




 「俺は、まだお前のことを諦められねぇよ」




 「……!」




 蒼真は俺の手を握り、まっすぐな瞳で見つめてくる。




 「お前が王女として生きるって言うなら、それを止めたりしねぇ。でも、それでも俺は、お前のことが好きだ」




 俺の胸が、ざわつく。




 「……」




 「俺は、お前のそばにいる」




 「……バカ」




 俺はそっと、蒼真の手を振り払った。




 「お前は勇者として生きろよ」




 「それでも、お前が俺の心から消えることはねぇよ」




 蒼真の言葉に、俺は何も言えなくなった。




 静かに、ユージンが近づいてくる。




 「姫様」




 彼は、微笑んだ。




 「お帰りを望まれるなら、私は何も言いませんでした。しかし、貴方がこの世界で生きることを選ばれたのなら……私は、心の底から誇らしく思います」




 「……ユージン」




 「私は、王女レイシアに仕える騎士です。これからも、どこまでもお供いたします」




 ユージンの言葉が、胸に深く染みた。




 「ありがとう、ユージン」




 俺は、そっと微笑む。




 魔法陣の光が、ゆっくりと消えていく。




 俺は、元の世界には戻らない。




 この世界で、王女レイシアとして生きる。




 そして、俺は剣を手に取り、歩き出した。




 この新しい人生を、自分の意志で選んだから。




 俺は、もう迷わない――。



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