魔王軍との戦いが終わった王都は、静かに新たな日常を取り戻しつつあった。
焦げた屋根の修復作業が進み、崩れた城壁は職人たちによって次々と積み直されていく。
戦火に焼かれた街並みの中で、商人たちは再び店を開き、人々は少しずつ笑顔を取り戻していた。
しかし、戦いの爪痕は深く、完全な平穏にはまだ遠い。
そして、その中心にいるのは――俺、レイシア・フォン・アルザード。
「姫様、本日の会議は午後からとなっております」
侍女クラリスの穏やかな声が部屋に響く。
俺は深いため息をつきながら、王宮のバルコニーから王都を見下ろした。
「……もう少し、ゆっくりできる時間が欲しいな」
「お言葉ですが、姫様。王族としての責務を果たさなければ、国は回りません」
「それは分かってるよ……でもなぁ……」
俺は重たい金の装飾がついた書類を手に取り、眉をひそめる。
「この書類の量、おかしくねぇか?」
「王国の復興に関する決定事項が山積みですので」
「分かってるよ……」
俺はもう一度ため息をついた。
「姫様」
王宮の会議室に入ると、待ち構えていた貴族たちが一斉に起立し、頭を下げる。
「王国再建のための復興計画について、本日は詳細な議論を行いたく存じます」
「……分かった」
俺は椅子に腰を下ろし、貴族たちの視線を正面から受け止める。
しかし、その視線には……明らかな"警戒"と"不満"が含まれていた。
「まずは、王城の修繕と兵士の再編についてですが……」
「それと併せて、王女殿下の"戦闘行為"についても、正式に討議するべきでは?」
突然、会議室の空気が張り詰める。
「王女殿下が戦場に立たれるなど、前例がございません。王族としての振る舞いを求める声が、国内外から上がっております」
「そもそも、王族は前線で剣を振るうべきではないのでは?」
「アルザード王家は、その威厳を持って国を統べる立場であり、戦士として戦うことを生業とする者ではないはず」
貴族たちは次々と口を開き、俺の存在を問題視し始める。
「……」
俺は静かにそれを聞いていた。
分かっていたことだ。
俺のような"戦う王女"が異例なのは、自分でも理解している。
だが、それでも――
「俺は、ただ王族として座っているだけの人間になるつもりはねぇよ」
静かに言い放つと、会議室の空気がピンと張り詰める。
「戦いは終わった。しかし、今もこの国には剣が必要だ。俺は"王女"としてではなく、この国を守る"一人の人間"として剣を取った。それは今後も変わらない」
貴族たちは驚いたように顔を見合わせる。
しかし、一人の老貴族が静かに頷いた。
「……姫様のご決意は、理解いたしました」
「ですが、王国の未来を考えるならば、やはり"王"を据えることも考慮せねばなりません」
「……政略結婚の話か?」
俺は眉をひそめる。
「今はそんなことを話す時じゃないだろ」
「姫様、復興のためには強固な基盤が必要なのです」
俺は拳を握る。
「……考えておく」
それだけ言い残し、俺は会議室を後にした。
「……貴族どもの意見は、やっぱり堅いな」
会議室を出たあと、俺は城の中庭へ向かっていた。
そこには、ユージンが待っていた。
「お疲れでしょう、姫様」
「お前まで"姫様"って呼ぶのか?」
ユージンは微かに微笑む。
「それが、王族に仕える騎士の務めですので」
俺はため息をつく。
「俺は……こんな毎日を送ることになるなんて思ってもみなかった」
「ですが、姫様は王女としての責務を果たしておられる」
「……そうなのか?」
俺は、ふと呟く。
「俺はただ、戦いたいだけだった。剣士として、自分の誇りを貫くために」
「しかし、それは姫様の"強さ"でもあります」
ユージンの言葉に、俺は少しだけ驚く。
「貴族たちがどう言おうと、私は姫様が決めた道をお支えします」
俺は、小さく笑う。
「……お前がいると、少しは気が楽になるな」
ユージンは無言で微笑んだ。
「お前、もうすぐ旅立つんだってな」
王城の見晴らし台。
そこには、蒼真がいた。
「……ああ。異国の地に、俺の使命があるらしい」
蒼真は遠くを見つめながら、ぽつりと言う。
「本当に、行くのか?」
「お前がここに残るって決めたなら……俺は俺の道を行く」
蒼真は静かに言った。
「寂しくなるな」
「……俺は、行かないでくれなんて言えねぇからな」
俺の言葉に、蒼真は苦笑した。
「分かってるよ、バカ」
「お前もな」
俺たちは互いに微笑み合う。
この世界での新たな日常が始まる――それぞれの道を歩むために。