王都に陽が差し始める。
魔王軍との戦いから数ヶ月が経ち、王国の復興は確実に進んでいた。
だが、それと同じように――俺の悩みもまた、深く根付いていった。
「王女としての俺」と「剣士としての俺」。
その二つをどう両立させるのか。
いや、そもそも――両立などできるものなのか?
「姫様、そろそろ朝の謁見のお時間です」
侍女のクラリスが、静かに声をかける。
「……分かった」
俺は王宮の広い鏡の前に立ち、自分の姿を見つめた。
戦いの場では動きやすい騎士風の装いをしていたが、今の俺は美しく織られた青と白のドレスを纏っている。
袖には細やかな刺繍が施され、金の装飾が施されたティアラが額に添えられていた。
「……違和感しかねぇな」
思わず呟く。
「お美しいですわよ、姫様」
「お世辞はいい」
クラリスは微笑んだ。
「いえ、本当にお似合いですわ。ですが――」
「ですが?」
「少し、落ち着かないご様子ですね」
俺は思わず苦笑した。
「そりゃそうだろ。戦場で剣を握ってたのに、今はこうしてドレスを着て、貴族たちの前に立つんだぜ?」
「姫様、それが"王族"というものですわ」
クラリスの言葉に、俺は思わず眉をひそめる。
「……王族って、何なんだ?」
「姫様?」
俺は深く息をつく。
「貴族たちは、"王族は剣を取るべきではない"と言う。でも、俺は剣士として生きてきたし、それを捨てるつもりはねぇ」
「……」
「じゃあ、俺は"王族"として間違ってるのか?」
クラリスは、静かに俺を見つめた。
「間違ってはいませんわ」
「……?」
「ですが、姫様。"王族"は"剣士"ではなく、"象徴"なのです」
「象徴……?」
「王族の務めとは、民の誇りとなり、彼らに安定をもたらすこと」
クラリスはゆっくりと続ける。
「姫様が剣を振るうことは、間違いではありません。しかし、それは"王族のあるべき姿"として受け入れられるとは限りませんわ」
俺は黙った。
クラリスの言うことは、正しいのかもしれない。
だが――それでも、俺は自分の生き方を捨てることはできない。
王宮の庭園に足を踏み入れると、そこにはユージンがいた。
「姫様」
彼はいつものように冷静な表情で、剣を手にしている。
「ユージン」
「どうなされましたか?」
俺は少しだけ逡巡したが、やがて正直に口を開いた。
「俺は、"王族"としての道と、"剣士"としての道、どちらを選べばいいんだ?」
ユージンは、一瞬だけ目を見開いた。
「……なるほど」
「お前は、どう思う?」
ユージンは静かに剣を鞘に収める。
「姫様は、王族としてこの世界に生を受けられました。しかし、剣士としての生き方も捨てることはできない」
俺は頷く。
「ならば、その両方を貫けばよいのでは?」
「……できるのか?」
ユージンは少しだけ微笑んだ。
「答えは、姫様ご自身が決めることです」
俺は、考え込むように剣の柄を握る。
「だが、貴族どもはそれを認めねぇだろうな」
「貴族たちは伝統を重んじます。しかし――」
ユージンは俺の目をじっと見つめた。
「"伝統"とは、時代に応じて形を変えるものでもあります」
俺は驚いたように彼を見た。
「……お前、そんなこと言うタイプだったか?」
「私は、姫様の騎士です」
ユージンは静かに微笑む。
「姫様が何を選ぼうとも、それを支え続けることが私の誓いです」
俺の胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。
夕暮れ時、王宮のバルコニーから王都を見下ろした。
街の復興は着々と進み、人々はそれぞれの人生を歩み始めている。
「……俺も、俺の道を決めるか」
ユージンの言葉が胸に響く。
"伝統は、時代に応じて形を変えるもの"
ならば――俺もまた、"新しい王族の在り方"を示すべきなのではないか?
「戦う王女――それが、俺の生き方だ」
俺はそう呟くと、剣を腰に携えたまま、静かに夜空を見上げた。