目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三章:新たな脅威と外交の駆け引き

 王都の朝は静かだった。




 遠くから市場の喧騒が微かに聞こえ、城の中庭では兵士たちが訓練に励んでいる。


 俺は王宮のバルコニーからその様子を眺め、ゆっくりと息を吐いた。




 魔王軍との戦争が終わり、国は復興へと向かっている。


 だが、その先には新たな問題が待ち受けていた。




 「姫様、外交の使者が到着しました」




 クラリスが静かに告げる。




 「……そうか。どこの国の使者だ?」




 「ヴィストリア帝国の特使、ロラン殿下でございます」




 「ヴィストリア帝国……?」




 俺は眉をひそめた。




 ヴィストリア帝国はアルザード王国の隣国であり、かつては敵対関係にあった。


 しかし、魔王軍との戦争によって、一時的に停戦し、共闘していた国でもある。




 「彼らが今、わざわざ使者を寄越したということは……」




 「おそらく、戦後の同盟交渉でしょう」




 「ふむ……」




 俺は静かに立ち上がった。




 「会ってみるか」




 王宮の謁見の間に入ると、ロラン殿下がすでに待っていた。




 彼は金色の髪を持つ端正な青年で、鋭い青い瞳を俺に向けた。


 背筋を伸ばし、貴族らしい気品を漂わせているが、その奥には鋭い計算の目があった。




 「王女レイシア殿、ごきげんよう」




 ロラン殿下は優雅に頭を下げる。




 「ヴィストリア帝国皇子、ロラン・ヴィストリアでございます」




 「ようこそ、ロラン殿下」




 俺は軽く会釈を返した。




 「ご足労いただき感謝する。我が国へ何用で?」




 ロラン殿下はゆっくりと微笑み、言葉を続けた。




 「アルザード王国とヴィストリア帝国は、かつて戦った敵同士でした。しかし、魔王軍との戦いでは共に剣を取り、この世界を救いました」




 「……それは確かに」




 「ゆえに、私はこの戦争の終結を機に、新たな同盟を提案したいのです」




 「同盟……?」




 俺は眉を上げる。




 「つまり、貴国は我が国と正式な協力関係を築くつもりだと?」




 「はい」




 ロラン殿下の表情は真剣だった。




 「魔王が倒されたとはいえ、まだ混乱が続いています。特に、魔王軍の残党たちが各地で独自に活動しているという報告が入っております」




 「……!」




 俺は驚き、ユージンをちらりと見る。




 ユージンもまた、表情を引き締めていた。




 「その情報は確かか?」




 「ええ。ヴィストリア帝国の軍が調査した結果、いくつかの地域で"魔族の独立勢力"が生まれていることが確認されました」




 ロラン殿下の声は落ち着いていたが、その言葉の意味は重大だった。




 魔王は倒れた。




 しかし、魔族たちは完全に消えたわけではなく、一部の者たちは新たな勢力として動き始めている。




 「この問題を解決するには、貴国と我が国が協力し合うことが必要不可欠です」




 「……」




 俺は考え込む。




 魔王軍との戦争で王国は大きな被害を受けた。


 今、国の力を回復させるためには、安定した外交が必要だ。




 「なるほど……」




 俺はロラン殿下を見据えた。




 「貴国との同盟について、詳細を聞かせてくれ」




 ロラン殿下は微笑んだ。




 数時間に及ぶ交渉の末、ヴィストリア帝国との同盟の骨子が固まった。




 1. アルザード王国とヴィストリア帝国は、相互に軍事支援を行う。


 2. 魔族の残党勢力に対し、共同で討伐作戦を展開する。


 3. 経済協力を強化し、戦後復興を共に進める。




 「なかなか悪くない条件だな」




 俺は交渉の成果を見直しながら、静かに呟いた。




 「ですが、気になることもあります」




 ユージンが口を開く。




 「ヴィストリア帝国は、この協力関係の代償として"何か"を求めてくるはずです」




 「……だろうな」




 俺はロラン殿下を見つめる。




 「貴国は、この同盟の見返りに何を望んでいる?」




 ロラン殿下はゆっくりと笑った。




 「……姫様との縁談です」




 「……は?」




 思わず、目を見開く。




 「つまり、俺と結婚しろってことか?」




 「ご理解が早くて助かります」




 ロラン殿下は柔らかく微笑んだ。




 「正式な婚姻により、我が国と貴国の結びつきはより強固なものとなるでしょう。それは、王国の安定にもつながるはずです」




 「……」




 俺はロラン殿下の真意を探るように見つめた。




 「戦争が終わったばかりで、まだ国の立て直しが必要な時期だろう?」




 「だからこそ、今、未来を見据えるべきなのです」




 「……」




 俺は深く息を吐く。




 外交の駆け引き。




 それは、剣ではなく言葉を使う戦いだ。




 「少し、考えさせてくれ」




 「ええ、もちろん」




 ロラン殿下は微笑みながら、一礼した。




 交渉が終わり、俺は王宮のバルコニーで夜の空を見上げた。




 「姫様」




 ユージンが静かに声をかける。




 「……お前は、どう思う?」




 ユージンは少し考え込んだ後、静かに答えた。




 「姫様の意志が最も重要です」




 「……そりゃそうだが」




 「しかし、ヴィストリア帝国は慎重に見極めるべきでしょう」




 俺は剣の柄を握る。




 「……"戦い"は終わったはずなのにな」




 「"戦場"が変わっただけです」




 ユージンの言葉に、俺は小さく笑った。




 新たな脅威、新たな選択。




 俺は、王女として、どんな決断を下すべきなのか――。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?