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第四章:王族としての選択

 王宮の重厚な扉がゆっくりと開かれる。




 広大な会議室には、長い円卓を囲んで貴族たちが並び、それぞれが厳かな表情を浮かべていた。


 俺――王女レイシア・フォン・アルザードは、ゆっくりと席に着く。




 会議が始まる前の静寂が、嫌なほど重くのしかかっていた。




 「さて、本日の議題に入ろう」




 王国宰相のシグルトが静かに口を開く。




 「戦争が終わり、アルザード王国は復興の道を歩んでいる。しかし、王国の未来を考える上で避けられない問題がある」




 「……なんの話だ?」




 俺が問いかけると、数人の貴族たちが互いに視線を交わし、やがて一人の男が口を開いた。




 「姫様、私どもが申し上げたいのは"王国の安定"についてです」




 「王国の安定?」




 「はい。戦いの時代は終わり、これからは国を安定させることが最優先となります。そのためには、確固たる"王"が必要ではないか、と」




 「……王?」




 俺は眉をひそめる。




 「まさか……俺を退けて、別の王を立てるつもりか?」




 「いえ、そうではありません」




 別の貴族が続ける。




 「姫様が"王女"であり続けるのは構いません。しかし、我々は"王国の象徴"として、正式な"王"を迎えることが必要だと考えます」




 「つまり……」




 俺は眉間に皺を寄せる。




 「俺に、結婚しろってことか?」




 「はい」




 貴族たちは一斉に頷く。




 「戦場で剣を振るう姫様は勇敢でした。しかし、王国の未来を考えるならば、王族としての"正統な道"を歩まれるべきです」




 俺の拳がぎゅっと握りしめられる。




 「つまり、俺が"王女"として戦うことは認められないってわけか?」




 「決してそのような意図では……」




 「いや、そういうことだろう?」




 俺は静かに声を低くした。




 「俺が剣を振るうことを問題視して、王族らしい振る舞いを求める……そのために結婚を強制しようってんだろ?」




 「姫様……!」




 「ふざけるな」




 俺は椅子から立ち上がり、鋭い視線で貴族たちを見渡した。




 「俺は戦った。王国のために、民のために剣を取った。それを、王族らしくないからと言って否定するのか?」




 「しかし、姫様……」




 「姫様のご決断が国家の安定を左右するのです!」




 貴族の一人が声を上げる。




 「このままでは、周辺国がアルザード王国を不安視する可能性があります。特に――」




 「特に?」




 俺の問いに、彼は一枚の書簡を取り出した。




 「隣国ヴィストリア帝国より、正式な縁談の申し出が届いております」




 俺は一瞬、言葉を失った。




 「……ヴィストリア帝国?」




 「はい。彼らは、和平の証として"王女レイシア殿下"との縁談を望んでおります」




 部屋の空気が凍りついた。




 会議が終わり、俺は王宮のバルコニーに出た。




 夕陽が王都を橙色に染め、人々が忙しなく行き交う様子が遠くに見える。




 「姫様」




 後ろから、ユージンの静かな声が聞こえた。




 「……聞いてたか?」




 「はい」




 俺は深いため息をつく。




 「お前はどう思う?」




 ユージンは少しだけ考えた後、静かに言った。




 「政略結婚は、王国の未来を安定させる手段としては合理的です。しかし……」




 「しかし?」




 「それが姫様の"生き方"に反するのであれば、決して受け入れるべきではないと思います」




 俺はユージンの言葉を噛み締めた。




 「……お前は、俺が王女として戦うことを認めるのか?」




 ユージンは静かに微笑む。




 「私は、剣士としての姫様も、王女としての姫様も、変わらずお仕えするのみです」




 「……お前は、相変わらずだな」




 俺は小さく笑った。




 「さて、どうするべきか……」




 夜、俺は再び書簡を見つめていた。




 ヴィストリア帝国の申し出。


 王国の未来を考えるなら、受けるべきなのかもしれない。




 だけど――俺の心は、それを拒否していた。




 「俺は、誰かの妻になるためにここにいるんじゃねぇ」




 俺は剣を握る。




 「戦う王女であり続けるために――俺は、俺の道を選ぶ」




 そう決意しながら、俺は夜空を見上げた。

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