王宮の重厚な扉がゆっくりと開かれる。
広大な会議室には、長い円卓を囲んで貴族たちが並び、それぞれが厳かな表情を浮かべていた。
俺――王女レイシア・フォン・アルザードは、ゆっくりと席に着く。
会議が始まる前の静寂が、嫌なほど重くのしかかっていた。
「さて、本日の議題に入ろう」
王国宰相のシグルトが静かに口を開く。
「戦争が終わり、アルザード王国は復興の道を歩んでいる。しかし、王国の未来を考える上で避けられない問題がある」
「……なんの話だ?」
俺が問いかけると、数人の貴族たちが互いに視線を交わし、やがて一人の男が口を開いた。
「姫様、私どもが申し上げたいのは"王国の安定"についてです」
「王国の安定?」
「はい。戦いの時代は終わり、これからは国を安定させることが最優先となります。そのためには、確固たる"王"が必要ではないか、と」
「……王?」
俺は眉をひそめる。
「まさか……俺を退けて、別の王を立てるつもりか?」
「いえ、そうではありません」
別の貴族が続ける。
「姫様が"王女"であり続けるのは構いません。しかし、我々は"王国の象徴"として、正式な"王"を迎えることが必要だと考えます」
「つまり……」
俺は眉間に皺を寄せる。
「俺に、結婚しろってことか?」
「はい」
貴族たちは一斉に頷く。
「戦場で剣を振るう姫様は勇敢でした。しかし、王国の未来を考えるならば、王族としての"正統な道"を歩まれるべきです」
俺の拳がぎゅっと握りしめられる。
「つまり、俺が"王女"として戦うことは認められないってわけか?」
「決してそのような意図では……」
「いや、そういうことだろう?」
俺は静かに声を低くした。
「俺が剣を振るうことを問題視して、王族らしい振る舞いを求める……そのために結婚を強制しようってんだろ?」
「姫様……!」
「ふざけるな」
俺は椅子から立ち上がり、鋭い視線で貴族たちを見渡した。
「俺は戦った。王国のために、民のために剣を取った。それを、王族らしくないからと言って否定するのか?」
「しかし、姫様……」
「姫様のご決断が国家の安定を左右するのです!」
貴族の一人が声を上げる。
「このままでは、周辺国がアルザード王国を不安視する可能性があります。特に――」
「特に?」
俺の問いに、彼は一枚の書簡を取り出した。
「隣国ヴィストリア帝国より、正式な縁談の申し出が届いております」
俺は一瞬、言葉を失った。
「……ヴィストリア帝国?」
「はい。彼らは、和平の証として"王女レイシア殿下"との縁談を望んでおります」
部屋の空気が凍りついた。
会議が終わり、俺は王宮のバルコニーに出た。
夕陽が王都を橙色に染め、人々が忙しなく行き交う様子が遠くに見える。
「姫様」
後ろから、ユージンの静かな声が聞こえた。
「……聞いてたか?」
「はい」
俺は深いため息をつく。
「お前はどう思う?」
ユージンは少しだけ考えた後、静かに言った。
「政略結婚は、王国の未来を安定させる手段としては合理的です。しかし……」
「しかし?」
「それが姫様の"生き方"に反するのであれば、決して受け入れるべきではないと思います」
俺はユージンの言葉を噛み締めた。
「……お前は、俺が王女として戦うことを認めるのか?」
ユージンは静かに微笑む。
「私は、剣士としての姫様も、王女としての姫様も、変わらずお仕えするのみです」
「……お前は、相変わらずだな」
俺は小さく笑った。
「さて、どうするべきか……」
夜、俺は再び書簡を見つめていた。
ヴィストリア帝国の申し出。
王国の未来を考えるなら、受けるべきなのかもしれない。
だけど――俺の心は、それを拒否していた。
「俺は、誰かの妻になるためにここにいるんじゃねぇ」
俺は剣を握る。
「戦う王女であり続けるために――俺は、俺の道を選ぶ」
そう決意しながら、俺は夜空を見上げた。