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第五章:剣か、王冠か

王都の空はどこまでも澄み渡り、心地よい風が城の回廊を吹き抜けていた。




 しかし、その清々しい空気とは裏腹に、俺の心は重く沈んでいた。




 ――政略結婚。




 それは、王国の未来のためには避けられない道だと、貴族たちは言う。


 俺が剣を握り戦うことを問題視し、「正統な王」を立てるために結婚を求める声が日に日に強くなっていた。




 「……ふざけるな」




 思わず、呟く。




 俺は、ただ剣を握って戦いたかっただけだ。


 この世界に来て、王女として生きることを選んだ。


 だが、今度は"王女としての役割"に縛られるというのか?




 結局、俺は何者にもなれないのか。


 自由に戦うことも、王国を守ることも……両立はできないのか?




 「姫様、お部屋にお戻りですか?」




 王宮の中庭でぼんやりとしていた俺に、ユージンが静かに声をかける。




 「……いや、まだ少し風に当たりたい」




 ユージンは頷くと、俺の隣に立った。




 「政略結婚の話が進んでいるようですね」




 「……聞いてたのか」




 「王城の話は、嫌でも耳に入ります」




 俺はため息をつく。




 「俺はただ、剣士として戦いたかっただけなのに……今度は"王"を迎えろとか、縁談だとか……」




 「……姫様は、それをどうお考えですか?」




 「どうって……」




 言葉が詰まる。




 「俺が結婚すれば、王国は安定するかもしれない。それは、分かってる」




 ユージンは黙って聞いている。




 「でも、俺が望んでいたのは、"自由に剣を振るうこと"だったはずだ……それなのに、また違う形で縛られるのか……?」




 沈黙が落ちる。




 やがて、ユージンが口を開いた。




 「……私は、姫様がどのような決断をされようと、それをお支えします」




 「……お前は、俺に"王族らしく生きろ"とは言わねぇのか?」




 ユージンは微かに微笑んだ。




 「私は姫様の騎士です。王族のために仕えるのではなく、"姫様"という存在のために剣を振るうと決めています」




 「……」




 ユージンの言葉が、少しだけ胸の奥を温めた。




 夜、俺は王城の見晴らし台に立っていた。




 そして、そこには――蒼真がいた。




 「お前もここにいたのか」




 「お前こそ」




 蒼真は夜空を見上げたまま、静かに言った。




 「政略結婚の話、聞いたぜ」




 「……そうか」




 「お前、どうするつもりなんだ?」




 俺は沈黙する。




 「……分からない」




 「そりゃあ、大変だな」




 蒼真は軽く笑った。




 「だけどさ、お前が望まないなら、逃げちまえよ」




 「……は?」




 俺は思わず蒼真を見る。




 「お前が嫌なら、王女なんて捨てちまえばいいんだよ。俺が連れてってやるよ」




 「……お前、冗談で言ってんのか?」




 蒼真は苦笑し、肩をすくめる。




 「半分な。でも、本気で言ってる部分もある」




 「……お前は、俺に王女を捨てろって言うのか?」




 蒼真は俺の目を見て、真剣な顔になった。




 「俺は、お前が望む道を行けばいいと思ってる」




 「……」




 「お前が本当に王女として生きるのか、剣士として生きるのか……それを決めるのは、お前自身だ」




 俺は拳を握る。




 「俺は……」




 言葉が詰まる。




 「でも、お前はもう"王女レイシア"だろ?」




 蒼真の言葉が、心に突き刺さる。




 「お前が何を選ぶにせよ、俺は……」




 蒼真は小さく笑った。




 「……お前の味方だよ」




 俺は、何も言えなかった。




 夜風が冷たく感じる。




 王女としての生き方を選ぶのか、剣士としての生き方を選ぶのか――その間で、俺は揺れていた。




 しかし、今はまだ答えを出せない。




 けれど――




 「俺は……簡単には、折れねぇからな」




 小さく呟き、俺は剣の柄を握りしめた。




 このまま流されるつもりはない。




 俺は俺の道を、俺の意思で決める。

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