王都の空はどこまでも澄み渡り、心地よい風が城の回廊を吹き抜けていた。
しかし、その清々しい空気とは裏腹に、俺の心は重く沈んでいた。
――政略結婚。
それは、王国の未来のためには避けられない道だと、貴族たちは言う。
俺が剣を握り戦うことを問題視し、「正統な王」を立てるために結婚を求める声が日に日に強くなっていた。
「……ふざけるな」
思わず、呟く。
俺は、ただ剣を握って戦いたかっただけだ。
この世界に来て、王女として生きることを選んだ。
だが、今度は"王女としての役割"に縛られるというのか?
結局、俺は何者にもなれないのか。
自由に戦うことも、王国を守ることも……両立はできないのか?
「姫様、お部屋にお戻りですか?」
王宮の中庭でぼんやりとしていた俺に、ユージンが静かに声をかける。
「……いや、まだ少し風に当たりたい」
ユージンは頷くと、俺の隣に立った。
「政略結婚の話が進んでいるようですね」
「……聞いてたのか」
「王城の話は、嫌でも耳に入ります」
俺はため息をつく。
「俺はただ、剣士として戦いたかっただけなのに……今度は"王"を迎えろとか、縁談だとか……」
「……姫様は、それをどうお考えですか?」
「どうって……」
言葉が詰まる。
「俺が結婚すれば、王国は安定するかもしれない。それは、分かってる」
ユージンは黙って聞いている。
「でも、俺が望んでいたのは、"自由に剣を振るうこと"だったはずだ……それなのに、また違う形で縛られるのか……?」
沈黙が落ちる。
やがて、ユージンが口を開いた。
「……私は、姫様がどのような決断をされようと、それをお支えします」
「……お前は、俺に"王族らしく生きろ"とは言わねぇのか?」
ユージンは微かに微笑んだ。
「私は姫様の騎士です。王族のために仕えるのではなく、"姫様"という存在のために剣を振るうと決めています」
「……」
ユージンの言葉が、少しだけ胸の奥を温めた。
夜、俺は王城の見晴らし台に立っていた。
そして、そこには――蒼真がいた。
「お前もここにいたのか」
「お前こそ」
蒼真は夜空を見上げたまま、静かに言った。
「政略結婚の話、聞いたぜ」
「……そうか」
「お前、どうするつもりなんだ?」
俺は沈黙する。
「……分からない」
「そりゃあ、大変だな」
蒼真は軽く笑った。
「だけどさ、お前が望まないなら、逃げちまえよ」
「……は?」
俺は思わず蒼真を見る。
「お前が嫌なら、王女なんて捨てちまえばいいんだよ。俺が連れてってやるよ」
「……お前、冗談で言ってんのか?」
蒼真は苦笑し、肩をすくめる。
「半分な。でも、本気で言ってる部分もある」
「……お前は、俺に王女を捨てろって言うのか?」
蒼真は俺の目を見て、真剣な顔になった。
「俺は、お前が望む道を行けばいいと思ってる」
「……」
「お前が本当に王女として生きるのか、剣士として生きるのか……それを決めるのは、お前自身だ」
俺は拳を握る。
「俺は……」
言葉が詰まる。
「でも、お前はもう"王女レイシア"だろ?」
蒼真の言葉が、心に突き刺さる。
「お前が何を選ぶにせよ、俺は……」
蒼真は小さく笑った。
「……お前の味方だよ」
俺は、何も言えなかった。
夜風が冷たく感じる。
王女としての生き方を選ぶのか、剣士としての生き方を選ぶのか――その間で、俺は揺れていた。
しかし、今はまだ答えを出せない。
けれど――
「俺は……簡単には、折れねぇからな」
小さく呟き、俺は剣の柄を握りしめた。
このまま流されるつもりはない。
俺は俺の道を、俺の意思で決める。