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第七章:運命の交差

 王宮の大広間は、普段よりも厳かな雰囲気に包まれていた。




 豪奢なシャンデリアの光が柔らかく降り注ぎ、静かに佇む貴族たちが沈黙の中で視線を交わしている。




 俺――レイシア・フォン・アルザードは、王座の前に立っていた。




 今日、隣国ヴィストリア帝国から正式な訪問者がやってくる。


 それも、ただの使者ではない。




 ――王子、レオナルド・ヴィストリア。




 俺の政略結婚の候補として、直接王宮に姿を現すというのだ。




 「姫様、王子がお越しになりました」




 侍女のクラリスの声が響くと、扉がゆっくりと開かれた。




 白銀の刺繍が施された深緑の軍服を纏い、長身の青年が堂々と歩み寄る。




 彼の瞳は鋭く、それでいて冷静な知性を感じさせた。


 髪は黄金色に輝き、口元には穏やかな微笑が浮かんでいる。




 「アルザード王国の王女、レイシア殿。初めまして」




 彼は丁寧に膝を折り、俺の前で頭を下げた。




 「ヴィストリア帝国第一王子、レオナルド・ヴィストリアです」




 「……ご足労いただき感謝する、王子殿下」




 俺は表情を崩さずに言う。




 「さっそく本題に入らせてもらうが、貴国は俺との婚姻を望んでいると聞いた」




 「ええ、その通りです」




 レオナルドは少しも動じることなく、静かに頷いた。




 「我々の国々は長きに渡り複雑な関係にありました。しかし、今こそ手を取り合うべき時です」




 「それが、結婚という形でなければならないのか?」




 俺の問いに、彼は微笑みながら言った。




 「結婚とは、ただの義務ではありません」




 「……」




 「貴女が戦う姿を拝見しました。剣を振るう王女として、貴国の未来を守ろうとしていることも理解しています」




 「……ならば、どうして結婚を持ちかける?」




 レオナルドは静かに目を閉じ、一拍置いてから答えた。




 「私は、貴女の理想を否定するつもりはありません」




 「……」




 「だが、アルザード王国がより強くなるためには、安定した統治と外交関係が不可欠です」




 「……」




 「我々が手を取り合えば、貴国はより強くなる」




 彼の声は穏やかだったが、そこに宿る誠実さは疑いようがなかった。




 俺は、無意識のうちに拳を握る。




 ――彼は理知的で礼儀正しく、俺の価値観を頭ごなしに否定するような男ではなかった。


 そして、その言葉に込められた誠実さに、わずかに心が揺れる。




 謁見の後、俺は夜のバルコニーで一人、風に当たっていた。




 「お前、難しい顔してんな」




 その声に、俺は振り返る。




 そこに立っていたのは――蒼真だった。




 「……蒼真」




 「王子とのご対面は、どうだった?」




 蒼真は柵に寄りかかりながら、少しだけ口角を上げる。




 「結構なイケメンだったらしいじゃねぇか」




 「……何だよ、急に」




 「いや、ちょっと気になっただけだよ」




 俺は目を細める。




 「お前、何か変だな」




 「……まあな」




 蒼真は、夜空を仰ぎ、しばらく沈黙した後、ぽつりと呟く。




 「俺、明日、旅立つことになった」




 「……!」




 驚きに、思わず息を呑む。




 「異国の地に行って、勇者としての役目を果たせってさ」




 「そう、か……」




 俺は、うまく言葉が出なかった。




 「お前とは、これが最後かもしれねぇな」




 蒼真は冗談めかして言うが、その声には微かな寂しさが滲んでいた。




 「そんなわけねぇだろ」




 俺は強く言い返す。




 「お前がどこにいようが、俺たちはずっと繋がってる」




 蒼真は、少しだけ笑った。




 「お前、そういうとこ変わんねぇな」




 「当たり前だ」




 夜風が俺たちの間を通り抜ける。




 「……なあ、レイシア」




 蒼真は少しだけ顔を伏せ、低く呟いた。




 「もし……もし、お前が本当に王子と結婚することになったら……」




 「……?」




 「そんときは、俺がぶっ壊しに来てやるよ」




 俺は一瞬、言葉を失った。




 「お前、何言って――」




 「じゃあな」




 蒼真はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けて去っていく。




 俺はただ、その背中を見つめていた。




 夜空を見上げる。




 結婚とは義務ではない、と言ったレオナルド。


 「逃げちまえ」と言いながらも、最後まで俺を気にかけた蒼真。




 俺の選択は――まだ、分からない。




 だけど、今はただ、この気持ちを抱えて、考え続けるしかなかった。



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