王宮の大広間には、重苦しい空気が満ちていた。
長い円卓を囲む貴族たちの表情は硬く、誰もが静まり返ったまま、俺――レイシア・フォン・アルザードを見つめていた。
目の前には、分厚い書簡が置かれている。
ヴィストリア帝国からの正式な縁談の申し出だ。
「姫様、貴族一同、決断をお待ちしております」
宰相シグルトの低い声が響く。
「貴族会議においても、多数の賛同がありました。アルザード王国の安定のためにも、この政略結婚を受け入れるべきです」
「……」
俺は拳を握る。
ずっと考えてきた。
王国の未来のために、俺はどんな選択をすべきか。
戦い続けることが正しいのか、それとも政略結婚という形で国を支えるべきなのか。
だけど――
「……俺は、この縁談を断る」
俺がそう宣言した瞬間、会議室にざわめきが走った。
「姫様!? それはあまりにも……!」
「貴国の未来を考えれば、結婚は避けられない決断のはずです!」
貴族たちの声が次々と飛び交う。
だけど、俺は揺るがない。
「私は王女レイシアとして、生きる」
静かに、それでいてはっきりと俺は言った。
「戦い続ける。この国に必要なのは、"王"ではなく、"未来を示す存在"だ」
誰もが息を呑んだ。
「……姫様、本気でお考えなのですか?」
沈黙を破ったのは、老齢の重鎮貴族だった。
「貴方のご決断は、確かにお強い。しかし、それでは王国の安定が揺らぐ可能性もございます」
「王国の安定とは何だ?」
俺は真っ直ぐに彼を見た。
「政略結婚によって、一時的に国が安定したとしても、それは根本的な解決ではない。ならば俺は、自分の力で国を導く」
「……」
「貴族たちが望む"王"は必要ない。俺はこの手で、この国の未来を作る」
俺の言葉に、会議室が再び静まり返る。
そんな中――
「……姫様」
ユージンがゆっくりと膝をついた。
「この場で、正式に誓います」
彼は真剣な眼差しで俺を見つめる。
「私は、貴方が何を選ぼうとも、その道を支え続けます。姫様が"未来を示す存在"となるのなら、私はその剣となり、貴方を守る」
俺は目を細めた。
「お前がそう言うなら、俺も安心だな」
「……光栄です」
ユージンは静かに頭を下げた。
その光景を見た貴族たちが、再びざわめく。
やがて、一人の貴族が立ち上がった。
「……分かりました」
「!」
「姫様のご決断、拝受いたしました」
彼は深く頭を下げる。
「私どもも、姫様のお考えに従いましょう」
他の貴族たちも、困惑しながらも次々と頭を下げた。
――俺の決断は、受け入れられた。
会議の後、俺はバルコニーで静かに夜風を浴びていた。
「……終わったな」
「いえ、始まりです」
背後からユージンの声が聞こえた。
「これからが、本当の戦いです」
「……そうだな」
俺は空を見上げる。
蒼真がいなくなって、初めて迎えた決断の時。
でも、俺は一人じゃない。
これから先、どんな困難があろうと――
俺は、俺の道を歩く。
未来を示す存在として。