大きな建物である冒険者ギルドの中は、今日も人で賑わっていた。
入口で足を止めている冒険者の装備は傷一つなく、期待に胸を膨らませながら、最も入口に近い場所にある『新規登録』のカウンターに並んでいる。
装備に傷が入っているほとんどの冒険者は、入口になど目もくれず、ひいきにしている受付嬢が在籍しているカウンターへと向かっていった。
このハルウェル王国に存在する冒険者ギルドには、ルールが存在する。
在籍する受付嬢は『アイドル嬢』と呼ばれ、獲得するポイントによってランク付けされるのだ。
冒険者にクエストを紹介し、その冒険者がクエストを達成することで、紹介したアイドル嬢にポイントが付与される。
紹介されたクエストの難易度によってポイントは変動していき、一月中に集めたポイント数によって格付けが行われる。
その格付けによって給料や待遇が変化するらしく、ほとんどのアイドル嬢は外見や化粧に力を入れ、難易度が高いクエストを達成する実力を持つ冒険者に媚びを売りながらカウンターに立つのだ。
冒険者達も、自分がひいきにしているアイドル嬢のポイントを少しでも増やすため、命を懸けながら日々奮闘している。
噂によると、アイドル嬢に入れ込んでいる冒険者達の中には、懸賞金をアイドル嬢に貢ぐ者もいるとか。
金と偽りの愛のたまり場。
それがこの冒険者ギルドの中身だった。
私利私欲のためにふりまかれる、甘ったるい言葉や作り物の臭いに顔をしかめながら、一人の青年が奥まで歩を進める。
暗さを感じさせないよう、建築士が工夫を凝らしたらしいこのギルドの建物だが、一番奥のカウンターにはほとんど光が届かない。
壁に設置されたランプに頼らないと他の場所と同じ明るさを保てないカウンターに到着すると、青年は顔を緩ませた。
「おはようございます、コルト・ルエット様。本日はどのようなご用件でしょうか」
そこには不愛想な受付嬢が立っていた。
顔のパーツは整っているが、笑顔が見られない分冷たい印象が先行してしまう。
「おはよう、マリアットちゃん」
コルトと呼ばれた青年の破顔ぶりに眉一つ動かさず、マリアットはカウンターの上に五枚の羊皮紙を取り出した。
「こちらが上級ランクのクエストになります」
「さすが! 手際がいいね! それでこそ俺のマリアットちゃん」
「貴方の所有物になった覚えはありません」
笑顔を振りまくコルトを冷たくあしらいながら、マリアットは手元のインク瓶の蓋を開け、羊皮紙の横に置く。
コルトは笑顔を絶やさないまま、懐から薄い灰色に染められた羽根ペンを取り出した。
「見て見て。俺の愛のあ、か、し」
「何度も見ました。私の色に染めた羽根ペン」
マリアットは目を落とし、自分の胸元に付いたリボンに目をやる。
この色は受付嬢ごとに違い、
「マリアットちゃんカラーだよ? 次に作り変える時は、持ち手にマリアットちゃんのイニシャルも入れてもらおう。というか持ち手の色も銀じゃなくてマリアットちゃんの髪色みたいな金にしようかなー?」
冗談めいた言葉を絶やさないまま灰色の羽根を揺らす青年をぼんやりと眺めながら、マリアットは口を開く。
「私みたいな最下位アイドル嬢を支持して、何かいいことありますか?」
「あるよ」
マリアットの目がかすかに見開かれる。
「支持していけば、君の笑顔が見れるかなって」
精巧に作られた人形のような肌が、ほんのりと朱に染まる。
「ないです」
「じゃあ、幸せにできるかなって思う。笑顔を取り戻せるかなって」
カウンターに並べられた羊皮紙全てにサインを書き終え、コルトはマリアットを見つめる。
マリアットは目線から逃げるよう、羊皮紙を掴むとカウンターの奥へ入っていった。