マリアットが羊皮紙を持ってカウンターに戻る頃には、コルトはカウンターに肘をつき、瞼を閉じていた。
普段はすぐクエストを渡しているマリアットだが、仕事が早いわけではない。
マリアットの元へ来る冒険者がおらず、コルトのためだけにクエストを選び、必要なものを準備する時間がたっぷりあったからだ。
コルトが訪れなくなってからもクエストの準備はしていたが、三日目からは準備をしなくなった。
準備をしていない上、慣れない最上位クエストを調べるのに時間がかかってしまった。
音を立てないよう注意しながら、マリアットは椅子に座った。
規則正しく寝息を立てるコルトを見つめながら、先ほどの言葉を思い出す。
静かに、マリアットの心を響かせる言葉たち。
とても嬉しい。
コルトの言葉は、心地よく心を打ち、震わせて、体中に振動する。
その言葉に、もっと早く会えていたら。
彼からの銀色の輪を受け取る前に、コルトの想いが胸を打っていれば。
マリアットは、左手の薬指に目をやる。
『あの日、あの狼から守れなかったから、今度こそ』
蘇るのは、消極的な誓い。
『呪いもあるし、生きづらいだろう。俺の宿屋に来れば、今までとは少し違うけど、冒険者の手伝いもできる。少なくとも、ギルドの連中みたいな扱いはさせない』
この辛さから逃れるため。
銀色の輪を受け取った指に、愛はないのかもしれない。
そこまで考えて、マリアットは左手を握りしめた。
それが分かったから、なんだというのだ。
今更、彼の元から離れることはできないのだ。
「マリアット、ちゃん」
名前を呼ばれ、マリアットは顔を上げる。
椅子から立ち上がり、カウンターへ向かう。
「すみません。起こすのも悪いと思いまして」
「うん、ありがとう」
覇気の無い声に心配を募らせながら、受付嬢としてコルトの前に羊皮紙を二枚広げた。
「普段通り、受注可能なクエストを全てお持ちしております。最上位クエストは件数が少ないため、二件しかありませんでした。ただ、同じモンスターの討伐と採取ですので、おすすめはしませんが同時に受けていただくことは可能です」
コルトは二枚の羊皮紙を手に取ると、内容に目を通す。
コルトがここまでじっくりとクエスト内容を確認するのは初めてだった。
「最上位クエストは、パーティでの受注を推奨しております」
コルトは全て読み終わると、懐から羽根ペンを取り出した。
インクを付けようとするが、インク瓶が出ておらず、宙を泳がせる。
「申し訳ありません」
マリアットは慌ててインクを用意し、蓋を開けた。
「大丈夫」
ぼんやりと言葉を返しながら、コルトは羽根ペンの先端を瓶に浸ける。
迷うことなく、普段通り単独受注の欄にチェックを入れるのを見て、マリアットは口を開いた。
「コルト様。パーティを組まず、単独受注でよろしいですか?」
「うん。大丈夫でしょ」
口ぶりは軽いが、その表情は真剣そのものだ。
死に急ぐようなコルトが心配になるも、マリアットは無表情のままカウンターの奥へ入り、クエストの受付を完了させた。