コルトは、冒険者ギルドを足早に去り、ギルドの横にあるテレポート用の魔法陣へと移動した。
利用料がかかるこの魔法陣だが、最上位冒険者は利用料を支払うことなく利用することができる。
今回のクエストの対象が巣食う森は、ここから歩いて三日はかかる。
クエストの期限は一か月後だが、悠長に歩いて向かう暇はない。
魔法陣を起動させた後、コルトは冒険者ギルドに目をやる。
無表情のアイドル嬢の姿を脳裏に描きながら、瞳を閉じると、コルトの姿は光に包まれ消えた。
今回、コルトが受注したクエストは二つ。
銀龍ルルガの討伐。
そして、銀龍ルルガの角と鱗の採取。
銀龍は人嫌いな龍と呼ばれ、滅多に人間が住む場所に降りてこない。
そんな銀龍が人里近くに現れる時、凶暴性が増した時だと言われている。
素早い動きに翻弄された冒険者は、鋭い爪で命を刈り取られているという。
コルトが目を開けると、そこは見たことのない土地だった。
魔法陣は、宿屋の看板が掲げられた建物の横に設置されており、右手には森が広がっていた。
森の入口付近に、この宿屋と魔法陣があるからだろう。
人気は全く無い。
コルトを待ちわびていたかのように、森の方から獣の鳴き声が聞こえた。
森の中へ入っても、人どころか、動物や他のモンスターの気配も感じられない。
二十分ほど森を歩いたところで、コルトは辺りを見渡す。
再度周りに誰もいないことを確認すると、小さく獣のような鳴き声を発した。
鳴き声を合図に、口元が黒く変色し、顔、首、胸へと変色が広がる。
全身が黒く染まった後は、人の形から四つん這いの獣の形へと変わっていく。
黒い塊に、マントやガントレットも包まれてしまう。
コルトがいた場所には、黒い一匹の狼が座っていた。
欠けた両耳を立て、辺りの音を集める。
赤い瞳は、まだ見ぬ銀龍を目がけ駆けだした。
コルトは、人間ではない。
ダークウルフと呼ばれるモンスターだ。
ダークウルフは知能も高く、爪や体を変化させて行う攻撃に長けている。
冒険者ギルドでは、上位クエストで討伐や毛皮などの採取のクエストが出ている程、厄介なモンスターと恐れられていた。
ダークウルフは、今までの生活を思い返しながら、森の中を駆け抜ける。
コルトは、群れの中で最も、体を変化させることに長けていた。
他のダークウルフは、背中から鋭利なかぎ爪を生成したり、獲物を固定する腕を生成するのが精いっぱいだが、コルトは体全体を変化させることができた。
巨大ウサギやケガを負ったゴブリンに身体を変え、自分より格下に牙を向けたモンスターの命を止める。
それがコルト特有の狩りだった。
ある日、冒険者パーティが、コルトの住む森へやってきた。
最近暴れまわっているオークの巣や縄張りを散策していたそのパーティは、オークの縄張り付近で、ケガを負った幼いダークウルフを見つける。
成体のダークウルフは、耳が欠けているのが特徴だが、幼いダークウルフは欠けていない。
ダークウルフを、血に汚れた狼だと思ったのだろう。
冒険者のうちの一人が、狼を抱きかかえ、祈りの言葉を唱える。
みるみるうちに傷は癒え、冒険者はダークウルフの頭を撫でていた。
そんな冒険者は、木の陰から飛び出してきたオークの突進で跳ね飛ばされた。
冒険者パーティからだいぶ離れた場所の木に身体を打ち付けられる。
ダークウルフは、冒険者に抱きかかえられ無事な様子だが、冒険者は意識を失ってしまった。
オークは、その手に杖を持っていた。
その杖を振ると、にやにやと冒険者パーティに向けて魔法弾を放つ。
「あのオークだ!」
「よりによって、なんで呪いのロッドなんか持ってんだよ! くそ!」
「なんで使いこなしてんだよ!」
武器を構え、悪態をつきながらオークに挑みかかる冒険者達。
一体のオークに、四人の冒険者。
オークが倒れた時には、冒険者達も絶命寸前だった。
大剣を持った冒険者が、オークに近づく。
大剣でオークの心臓を貫いた瞬間、オークの持つ杖が鈍く光る。
杖は悪あがきをするように、弱々しく浮かぶ光の玉を放つと砕け散った。
「嘘だろ」
大剣を振り回し、光の玉を消そうとする冒険者だが、消えることはない。
光の玉は、大剣を持つ冒険者から逃げるように飛んでいく。
「オーゼン! マリアットを守れ!」
息を切らし、動くのもままならない様子の格闘家が声を上げた。
光の玉は、倒れた冒険者目がけ飛んでいく。
オーゼンと呼ばれた冒険者は、ダークウルフを助けた冒険者の元へ駆け寄る。
徐々に加速していく光の玉。
力を振り絞り駆け寄るオーゼン。
「マリアット!」
先に冒険者に到達したのは、光の玉だった。