その一部始終を、赤い瞳は見つめていた。
マリアットと呼ばれていた冒険者が、弟を抱えていたからだ。
彼が弟を見つけた時には、弟はマリアットに抱きかかえられ、治療魔法を受けていた。
弟の命の恩人は、オーゼンと呼ばれた冒険者に抱きかかえられ、森を去っていった。
弟は、マリアットの腕から離れると、彼が隠れる場所へと走り寄った。
弟に説教しながら、彼は冒険者の言葉を思い出す。
「とりあえず、ハルフェル王国の冒険者ギルドに救助を求めよう」
「ああ、あそこなら連携している病院があったもんな。俺らの町に戻るよりいいや」
ハルウェル王国は、この森を流れる川の下流にある王国だ。
彼はハルウェル王国に向かって走り、入口近くで子どもに姿を変え、王国に侵入した。
王国内は、曇天でも活気にあふれていた。
見たことのない物ばかりが彼の前に広がるが、誘惑を断ち切り目的地に向かう。
子どもの姿に身体を変えたことが幸いしたのか、不審がられることなく病院へ入ることができた。
病棟を見回っていると、泣き声が聞こえた。
その声は、あの祈りの言葉に似ている。
入口から顔を覗かせると、顔を手で覆い、大きな声を出しながら泣く患者の姿が見えた。
部屋には他の患者はおらず、女性を慰める医者や看護師もいない。
女性が手をおろし、部屋を覗いていたと目が合う。
「誰?」
その女性の顔は、一言でいうと奇妙だった。
弟を助けた女性で間違いないのだが、あんなに大きな声を出して泣いていたにも関わらず、表情は全く崩れていない。
「あ、ごめんなさい。気持ち悪いよね」
どう返事を返せばいいかわからず、彼は首を横に振った。
「気持ち悪いでしょ。あんなに泣いてたのに、今じゃ無表情だもんね」
自虐を含めた声は、耳を塞いでしまいたいほど不快だった。
「討伐対象だったオークのせいなの。なぜか魔法が使えて、そいつが死んだ時に発生した呪いにかかったから、ほとんど顔が変わらない」
女性はどこか一点を見つめながら、固く握りしめた拳をベッドに叩きつける。
「こんなに怒ってるのに、こんなに悔しいのに、何も考えてないみたいに無表情!」
涙がとめどなく流れる彼女を慰めようと、彼は病室に入り、彼女のベッドに近づく。
近づく途中、彼女の向かい側に窓があり、無表情の顔が映っているのが見えた。
「来ないでよ」
刺すような言葉に、彼の足は止まる。
「誰に用事があって来たのか知らないけど、私に近づいたら呪いが移るかもよ」
彼自身、どうしていいかわからなくなり、病室を後にした。
その日以降も、彼はマリアットの病室へ通った。
言葉を交わすのではなく、彼女に何をすれば恩返しができるのかを考えるために。
彼女の右足は折れていたらしく、しばらく入院が必要らしい。
マリアットの元に通う彼が耳にするのは、今の状況への悪態と嘆きばかりだった。
退院することが決まった後も、マリアットは悪態をついていた。
「なんで呪いが解けたわけじゃないのに、冒険者ギルドで働かないといけないのよ」
治療費が莫大で払えないからって、と呟くと、マリアットの目から涙がこぼれた。
「しかも足のケガのせいで冒険者には戻れないってあり? 冒険者をサポートする仕事なら就いてもいいって言ったけど……冒険者ギルドは違うって……」
その言葉を聞き、彼は病室を出た。