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第六話

 その一部始終を、赤い瞳は見つめていた。


 マリアットと呼ばれていた冒険者が、弟を抱えていたからだ。

 彼が弟を見つけた時には、弟はマリアットに抱きかかえられ、治療魔法を受けていた。


 弟の命の恩人は、オーゼンと呼ばれた冒険者に抱きかかえられ、森を去っていった。

 弟は、マリアットの腕から離れると、彼が隠れる場所へと走り寄った。


 弟に説教しながら、彼は冒険者の言葉を思い出す。

「とりあえず、ハルフェル王国の冒険者ギルドに救助を求めよう」

「ああ、あそこなら連携している病院があったもんな。俺らの町に戻るよりいいや」

 ハルウェル王国は、この森を流れる川の下流にある王国だ。

 彼はハルウェル王国に向かって走り、入口近くで子どもに姿を変え、王国に侵入した。


 王国内は、曇天でも活気にあふれていた。

 見たことのない物ばかりが彼の前に広がるが、誘惑を断ち切り目的地に向かう。

 子どもの姿に身体を変えたことが幸いしたのか、不審がられることなく病院へ入ることができた。


 病棟を見回っていると、泣き声が聞こえた。

 その声は、あの祈りの言葉に似ている。


 入口から顔を覗かせると、顔を手で覆い、大きな声を出しながら泣く患者の姿が見えた。

 部屋には他の患者はおらず、女性を慰める医者や看護師もいない。


 女性が手をおろし、部屋を覗いていたと目が合う。

「誰?」

 その女性の顔は、一言でいうと奇妙だった。


 弟を助けた女性で間違いないのだが、あんなに大きな声を出して泣いていたにも関わらず、表情は全く崩れていない。

「あ、ごめんなさい。気持ち悪いよね」

 どう返事を返せばいいかわからず、彼は首を横に振った。


「気持ち悪いでしょ。あんなに泣いてたのに、今じゃ無表情だもんね」

 自虐を含めた声は、耳を塞いでしまいたいほど不快だった。

「討伐対象だったオークのせいなの。なぜか魔法が使えて、そいつが死んだ時に発生した呪いにかかったから、ほとんど顔が変わらない」

 女性はどこか一点を見つめながら、固く握りしめた拳をベッドに叩きつける。


「こんなに怒ってるのに、こんなに悔しいのに、何も考えてないみたいに無表情!」


 涙がとめどなく流れる彼女を慰めようと、彼は病室に入り、彼女のベッドに近づく。

 近づく途中、彼女の向かい側に窓があり、無表情の顔が映っているのが見えた。

「来ないでよ」

 刺すような言葉に、彼の足は止まる。

「誰に用事があって来たのか知らないけど、私に近づいたら呪いが移るかもよ」

 彼自身、どうしていいかわからなくなり、病室を後にした。


 その日以降も、彼はマリアットの病室へ通った。


 言葉を交わすのではなく、彼女に何をすれば恩返しができるのかを考えるために。




 彼女の右足は折れていたらしく、しばらく入院が必要らしい。


 マリアットの元に通う彼が耳にするのは、今の状況への悪態と嘆きばかりだった。 




 退院することが決まった後も、マリアットは悪態をついていた。


「なんで呪いが解けたわけじゃないのに、冒険者ギルドで働かないといけないのよ」


 治療費が莫大で払えないからって、と呟くと、マリアットの目から涙がこぼれた。


「しかも足のケガのせいで冒険者には戻れないってあり? 冒険者をサポートする仕事なら就いてもいいって言ったけど……冒険者ギルドは違うって……」


 その言葉を聞き、彼は病室を出た。

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