森の奥から聞こえる咆哮に、コルトの意識は現在に戻された。
木々の隙間から、銀色の鱗が顔を覗かせている。
四つの足を止め、身体を震わせる。
狩りの始まりだ。
一気に身体中の毛を逆立て、銀色に向かって走り出した。
想像していたより、銀龍ルルガは小さかった。
木々をなぎ倒して作ったスペースに、長い首を丸め、両足を投げ出し寝転がっている。
巨大な体に似合わない小さな翼が、呼吸に合わせてピクピクと動いていた。
油断しているのが、罠なのか。
遠目から観察しても答えは見つからない。
コルトは、銀龍の尾に嚙みついた。
尾を振り回す銀龍に身体を叩きつけられながら、尾を切断することに成功した。
痛みに大声を上げながら、銀龍の前足がコルトに襲い掛かる。
銀龍が切り裂いたのは、何もない空間だ。
コルトはまるで影のように、素早い動きで前足から逃げる。
影に翻弄される前足は、影に噛みつかれた。
影の背中から、ガントレットが生成され、銀龍の顔に叩きつけられる。
バランスを崩した銀龍から離れ、宙で一回転し、音もたてず着地する。
目の前で、銀の塊が体制を整えるのが見えた。
奇襲を仕掛け、硬い体の中でも一番柔らかい尾を嚙みちぎり、ダメージを与える。
体の柔らかい箇所を狙い、攻撃を当てていき、体力を削っていく。
自分よりも力の強い銀龍を倒す方法は、それ以外思いつかなかった。
隙を見て攻撃し、すぐ離れる。
小さな黒い月と銀色の波が踊る様子は、日が暮れるまで続いた。
日が沈む直前、銀龍はコルトに背を向けた。
小さな翼をはためかせると、巨大な体を簡単に浮かせ、尾から血を垂らしながら森から去っていった。
赤い双眼は、地上から銀色が離れたのを確認すると、小さく唸り地面に伏せる。
周りへの警戒は怠らないまま、そのまましばらく休息を取った。
月が昇る間は木々の隙間や小さな横穴に入り、太陽が昇る間は銀龍を追い、銀色に食らいつく。
そんな日々が五日間続いた。
六日目の夕暮れ。
数えきれない程噛みついた銀龍が、体制を崩した。
今までとは違う大きな崩れに、コルトは勝利を確信した。
地面に倒れる銀龍の目からは、戦意が失われていた。
手足や翼を動かすが、それはただの悪あがきだ。
コルトは容赦なく翼を噛みちぎった。
容赦なく顔面にガントレットを叩きつけた。
何度目かの顔面への強打で、銀龍の目から生気が失われた。
人間の姿に変化したコルトは、角と鱗、血液を採取する。
角を採取するためのナイフを何度も落とす。
力がうまく入らず、物をうまく握ることができない。
普段なら難なく終わらせる作業に、普段の数倍時間をかけてしまう。
「魔力がないか」
採取物を懐にしまうとその場に座り目を閉じる。
魔力は普段の一割程度しか流れていない。
しかし、体内で魔力が生成されていない訳ではなかった。
その証拠として、立ち上がる時に地面についた手は、力強く地面を押すことができている。
銀龍を追い、森の入口付近にある魔法陣からは大きく離れてしまった。
人型ではなく体を狼に変え、森へ向かって走り出した。
光がない森を、影が駆ける。
これを持ち帰ればきっと。
彼女は心で笑ってくれるだろう。
きっと。
あの人間ときっと、心で笑いながら命を終えることができるだろう。
彼女の左手に輝く輪が通った時、恩は返し終わる。
自分を鼓舞するように、大きく吠える。
『もっと』を願うなら。
俺が人間で、俺の手に同じ輪が輝いて欲しかった。
『もっと』を願うなら。
またあのカウンターで彼女に会い続けたかった。
赤く染まった瞳から、涙が流れていった。