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第七話

 森の奥から聞こえる咆哮に、コルトの意識は現在に戻された。

 木々の隙間から、銀色の鱗が顔を覗かせている。


 四つの足を止め、身体を震わせる。

 狩りの始まりだ。

 一気に身体中の毛を逆立て、銀色に向かって走り出した。


 想像していたより、銀龍ルルガは小さかった。

 木々をなぎ倒して作ったスペースに、長い首を丸め、両足を投げ出し寝転がっている。

 巨大な体に似合わない小さな翼が、呼吸に合わせてピクピクと動いていた。


 油断しているのが、罠なのか。

 遠目から観察しても答えは見つからない。

 コルトは、銀龍の尾に嚙みついた。


 尾を振り回す銀龍に身体を叩きつけられながら、尾を切断することに成功した。

 痛みに大声を上げながら、銀龍の前足がコルトに襲い掛かる。


 銀龍が切り裂いたのは、何もない空間だ。

 コルトはまるで影のように、素早い動きで前足から逃げる。

 影に翻弄される前足は、影に噛みつかれた。

 影の背中から、ガントレットが生成され、銀龍の顔に叩きつけられる。

 バランスを崩した銀龍から離れ、宙で一回転し、音もたてず着地する。

 目の前で、銀の塊が体制を整えるのが見えた。


 奇襲を仕掛け、硬い体の中でも一番柔らかい尾を嚙みちぎり、ダメージを与える。

 体の柔らかい箇所を狙い、攻撃を当てていき、体力を削っていく。

 自分よりも力の強い銀龍を倒す方法は、それ以外思いつかなかった。


 隙を見て攻撃し、すぐ離れる。

 小さな黒い月と銀色の波が踊る様子は、日が暮れるまで続いた。


 日が沈む直前、銀龍はコルトに背を向けた。

 小さな翼をはためかせると、巨大な体を簡単に浮かせ、尾から血を垂らしながら森から去っていった。

 赤い双眼は、地上から銀色が離れたのを確認すると、小さく唸り地面に伏せる。

 周りへの警戒は怠らないまま、そのまましばらく休息を取った。



 月が昇る間は木々の隙間や小さな横穴に入り、太陽が昇る間は銀龍を追い、銀色に食らいつく。

 そんな日々が五日間続いた。


 六日目の夕暮れ。

 数えきれない程噛みついた銀龍が、体制を崩した。

 今までとは違う大きな崩れに、コルトは勝利を確信した。


 地面に倒れる銀龍の目からは、戦意が失われていた。

 手足や翼を動かすが、それはただの悪あがきだ。


 コルトは容赦なく翼を噛みちぎった。

 容赦なく顔面にガントレットを叩きつけた。


 何度目かの顔面への強打で、銀龍の目から生気が失われた。



 人間の姿に変化したコルトは、角と鱗、血液を採取する。


 角を採取するためのナイフを何度も落とす。

 力がうまく入らず、物をうまく握ることができない。

 普段なら難なく終わらせる作業に、普段の数倍時間をかけてしまう。


 「魔力がないか」

 採取物を懐にしまうとその場に座り目を閉じる。


 魔力は普段の一割程度しか流れていない。

 しかし、体内で魔力が生成されていない訳ではなかった。

 その証拠として、立ち上がる時に地面についた手は、力強く地面を押すことができている。


 銀龍を追い、森の入口付近にある魔法陣からは大きく離れてしまった。

 人型ではなく体を狼に変え、森へ向かって走り出した。


 光がない森を、影が駆ける。


 これを持ち帰ればきっと。

 彼女は心で笑ってくれるだろう。

 きっと。

 あの人間ときっと、心で笑いながら命を終えることができるだろう。

 彼女の左手に輝く輪が通った時、恩は返し終わる。


 自分を鼓舞するように、大きく吠える。


 『もっと』を願うなら。

 俺が人間で、俺の手に同じ輪が輝いて欲しかった。


『もっと』を願うなら。

 またあのカウンターで彼女に会い続けたかった。



 赤く染まった瞳から、涙が流れていった。

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