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第2話 始まりの塔

 始まりの地――『セントマキア』


 そこは五千年ほど前に信仰を失ったエクスマキナから新天地を求め、この世界デウスマキアに神々と信者達が最初に降り立った場所。


 今では聖地となったこの地には記念として大きな白亜の塔――始まりの塔セントアーク建立こんりゅうされている。


 その巨大な建造物へ続く道の両脇に数え切れないほどの人がひしめき合っていた。人集ひとだかりを割って伸びる道の中央を塔へ向かって少女がゆっくりと歩んで行く。


 罪人として縄を打たれながらも背筋を伸ばし、塔へ向ける顔からは何の感情も見て取れない。


 澄んだ晴天のような青い髪が一陣の風になぶられたが、少女は乱れた髪に気も止めず真っ直ぐ塔を見据えた。その青い瞳は南国の海を思わせる透き通り、やはり感情の色は見られない。


 だが、それだけに人々の目には超然とした姿に映り、神々しい少女に老若男女を問わず人々は両手を組んで祈りを捧げた。


「ああ、女神リアナ」

「リアナ様がどうして」

「こんなのあんまりです」


 それは美しき青い少女――女神リアナの信者達の嘆き。


(皆の祈りが私の中へ入ってくる)


 信者の信仰こそがリアナの存在理由であり、彼女を女神たらしめている。彼らの祈りこえが彼女に届かぬはずもない。


(彼らは何を悲しんでいるのかしら?)


 だが、届いてはいてもリアナには信者達が自分へ向ける嘆きの意味が分からない。


(私はずっと誰もが幸せになれるように、皆の願いが叶うように、全ての望みに応えてきたのに)


 リアナへの祈りの声に従い彼女は自分を形作ってきた。


 それがリアナを誰よりも美しい存在に昇華させたのである。だが、同時に感情のない人形のようにも変質させた原因でもあった。


 リアナが無表情なのは数多の信者の想いを体現しているとも言える。


 だから、リアナの想いに己の望みの入る余地は全く無い。ただ、信者の為にあろうとしているだけ。


(今回もジュピテル様やユノラ様の望むようにしただけなのに)


 リアナは誰もが幸せになれるように振る舞ってきたし、この追放を従順に受け入れたのも望まれたからだ。


(なのにどうして皆の祈りが悲しみで溢れているの?)


 リアナは生まれて初めて困惑した。


 皆が幸福になれるよう、皆が笑顔でいられるよう、女神として粛々と職務を果たしてきた。だから、信者達の泣きそうな表情かおと心の慟哭を理解できない。


(私は何か間違えたのかしら?)


 彼女には答えが出せない。

 分からない、分からない。


「リアナ様!」


 疑問の晴れぬまま進むリアナの前に、人垣の中から一人の幼い少女が飛び出してきた。


「無礼者!」

「人間の分際で神道を穢すとは!」


 リアナの縄を引く下級神達がいきりたつ。


(いけない!)


 始まりの塔セントアークへと続く中央の道は神のみ許された神道である。人が足を踏み入れる事は許されていない。


「幼女とて神罰は免れぬぞ!」


 下級神の一人が神杖を年端もいかぬ少女へ向けた。


「その罪を命であがなえ!」


 下級神達の怒りを受け、幼女はガタガタと震えるばかり。信者たる幼女の怯える姿にリアナの奥底に眠っていたものが爆発した。


「おやめなさい!」


 それはリアナが発した生まれて初めての大声感情だった。


「なっ!?」

「あの機械仕掛けが!?」


 幼女を庇うように立ちはだかり怒りを滲ませるリアナに、下級神達が戸惑いを隠せない。彼らも無表情で抑揚の無い話し方のリアナしか知らなかったからだ。


「そこをどきなさい女神リアナ!」

「ええい、構わん一緒に神炎で焼き払え!」


 下級神達の持つ神杖から火球が飛び出しリアナと幼女を襲う。


 離れた者にまで神炎の熱量が伝わり、この場の誰もが二人の死を予感した。


 ところが、リアナの身体からまばゆい光が発し、それが天にまで届く柱となって次々に火球を飲み込んでいく。


「バカな!?」

封神縄ふうじんじょうを破っただと!」


 リアナの体を拘束している縄は神力を封じ込めるもの。捕らわれれば主神ジュピテルでさえ力の大半を封じられる。


「十二神にも匹敵するとの噂だったが」

「これではジュピテル様以上ではないか!?」


 リアナは恐れおののく下級神達へ一歩、また一歩と近づいていく。


「私の信徒への無体は許しません」

「ひぃッ!」


 リアナの内から溢れる力に耐え切れなくなった封神縄がついに飛散した。飛び散る縄の切れ端に圧倒的な神力の差を思い知った下級神達は悲鳴を上げ逃げ出す。


 非力な少女には居丈高だった下級神達の見苦しく逃げる背中を見送ると、リアナの表情から再び感情が抜け落ちた。


 もう彼らに興味は無い。


 リアナにとって自分を慮ってくれている少女の方が大切だから。


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