転落事件から一夜明けた翌朝。ステラは自室のベッドで目を覚ました。頭に巻かれた包帯が少しきつく感じられるが、昨日のような鈍い痛みは和らいでいた。しかし、それよりも彼女の胸に渦巻いているのは、転落の瞬間に頭をよぎった不思議な記憶だった。
「ほんま、あれ何やったんやろ…。」
ステラは起き上がり、鏡の前に立った。青い瞳が自分を見返してくる。その美しい顔立ちに、これまで感じたことのない違和感がじわじわと湧き上がる。
「えらいべっぴんやないか!…いやいや、ウチこんな顔やったか?」
そして、頭を軽く振ると、自分に言い聞かせるように呟いた。
「まぁええわ。これがワテの顔やいうんなら、それで十分や。」
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侍女たちの訪問
その時、扉をノックする音が聞こえ、侍女たちが顔を覗かせた。
「ステラ様、体調はいかがですか?」
フローラをはじめとする侍女たちの顔には、明らかな不安と心配が浮かんでいた。
「心配してくれておおきに、フローラ。でもウチはもう元気や。」
ステラはにこやかに笑いながら、頭の包帯を軽く触った。
「本当に大丈夫なんですか?昨日の転落の衝撃で、意識を失ったと聞いて…。」
「まぁ確かに頭しこたま打ったけどな、こんなもんでへこたれるほどヤワやあらへん。」
その言葉に、侍女たちは目を丸くした。
「…ステラ様、なんだか昨日と少しお話の仕方が違うような…?」
「せやろか?まぁええわ。それよりな、あんたらにも言うとくで。ウチはこれから誰にも負けへんように頑張るから、安心しぃ。」
ステラはポケットから袋を取り出すと、中から色とりどりの飴を取り出して侍女たちに手渡し始めた。
「ほれ、これ舐めて元気出しぃな。」
「…飴…ですか?」
フローラは戸惑いながらそれを受け取った。
「そうや!飴ちゃんや。甘いもん食べたら、嫌なことなんか一瞬で忘れられるからな!」
侍女たちは驚きつつも、彼女の勢いに押されて飴を口に入れた。そして次第に、硬い表情がほころんでいく。
「ありがとうございます、ステラ様…。なんだか少し元気が出てきました。」
「やろ?そらそうや。甘いもんの力は偉大やで!」
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エリオットの訪問
侍女たちが部屋を出ていった後、次に現れたのは騎士のエリオットだった。彼はステラの姿を見ると、真剣な表情で近づいてきた。
「ステラ様、少しお話があります。」
「おっ、エリオットやんか。何の話や?」
その砕けた口調にエリオットは一瞬驚いたが、すぐに口を開いた。
「昨日の転落事件について調べたところ、やはり誰かが意図的に突き落とした可能性が高いと判明しました。」
その言葉に、ステラの目が鋭く光る。
「ほぉ、どアホがそんな真似してくれたんか?」
その言葉の勢いに、エリオットはわずかに戸惑いながらも続けた。
「目撃証言によれば、カトリーナ様の侍女が階段の付近で見られていたとのことです。」
「やっぱりカトリーナか。あの女、どこまでウチを落とし込んだら気が済むんやろな。」
ステラは顎に手を当てて考え込むと、鏡の中の自分に向かって呟いた。
「まぁええわ。売られた喧嘩は絶対買う。それがウチのやり方やからな。」
エリオットは彼女のその決意に圧倒されるように、静かに頷いた。
「何かお力になれることがあれば、いつでもお申し付けください。」
「そやな。ほなまずはこれでも舐めとき。」
ステラは懐から再び飴を取り出し、エリオットにも手渡した。
「飴…ですか?」
「そうや。疲れた時は甘いもんが一番やで。ウチが保証したる!」
エリオットは一瞬戸惑ったが、やがて微笑みを浮かべて飴を受け取った。
「ありがとうございます。では、いただきます。」
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浪速魂の覚醒
エリオットが部屋を出て行った後、ステラは一人で窓辺に立ち、外の景色を見つめた。澄み切った青空の下、庭園の花々が風に揺れている。その美しい光景に、彼女は静かに息をついた。
「偽聖女、追放…。そないなもん、どないでもええ。」
彼女の目には新たな光が宿っていた。
「ウチには浪速魂がある。これから、一花でも二花でも咲かせたるで!」
彼女の声は力強く、部屋に響き渡る。ステラの中で完全に浪速のおばちゃんとしての記憶が目覚め、これまでの冷静で上品な公爵令嬢とは全く違う新しい姿がそこにあった。
「よっしゃ、まずは次の一手や!どアホどもを見返したる準備せな!」
飴を一つ口に放り込みながら、彼女は新たな人生に向けた決意を固めた。
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