馬車の車輪が石畳の道をコトコトと響かせる音が、静寂の中に広がっていた。ステラは窓から外を見つめながら、広がる田園風景に少しだけ心を落ち着けていた。王宮から公爵家の領地に戻る道は思いのほか長く、途中で数度の休憩を挟むほどだった。
「これが、追放された身の行き先か…。まぁ、ええわ。」
彼女は小さく呟いた。追放という屈辱を味わったにも関わらず、ステラの心には不思議と新たな決意が芽生えていた。それは前世の浪速魂が彼女に勇気を与えたからだった。
「ここからや、ここからウチの人生もう一回始めるんや。」
---
冷たい迎え
公爵家の領地に到着したステラを出迎えたのは、ほんの数名の使用人だけだった。父である公爵も母である公爵夫人も姿を見せず、屋敷に入った後も誰一人として顔を出さない。
「…なんや、ウチの帰りを待っとる人、おらんのか。」
屋敷の中は薄暗く、かつて彼女が過ごしていた王宮のきらびやかな空間とは比べものにならない質素さだった。
「ステラ様、お部屋はこちらです。」
年老いた執事が案内したのは、小さな寝室だった。家具は古びており、壁紙も所々剥がれている。かつて公爵家の令嬢として扱われていた頃の豪華な部屋とは正反対だった。
「これ、ほんまにウチの部屋か?」
「はい…申し訳ありません。公爵様のご命令で、こちらの部屋を用意しております。」
執事は申し訳なさそうに頭を下げたが、その態度から公爵夫妻がステラを歓迎していないことが明らかだった。
「まぁええわ。寝る場所があるだけでもありがたいと思わなあかんな。」
ステラは努めて明るく振る舞い、部屋に足を踏み入れた。しかし、その顔には僅かな怒りと悔しさが滲んでいた。
---
一人の侍女との出会い
部屋で荷物を整理していると、ノックの音が聞こえた。
「失礼いたします。」
入ってきたのは若い侍女だった。年齢は16、7歳ほどで、少し緊張した様子で立っている。
「お名前は?」
「リリィと申します。これからステラ様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
「リリィか。よろしく頼むわ。」
ステラはにっこりと微笑みながら、リリィを観察した。彼女の手は少し荒れており、慣れない仕事に追われていることが見て取れた。
「ほな、これでも舐めて元気出しなさい。」
ステラは懐から飴を取り出し、リリィに差し出した。
「えっ…飴ですか?」
リリィは驚きながらも、手を差し出して飴を受け取った。
「そうや、甘いもんは元気の素やで。」
「ありがとうございます…!いただきます。」
飴を口に入れたリリィの顔に、少しだけ笑みが戻った。その様子を見て、ステラも満足そうに頷いた。
「これから大変やろうけど、二人で頑張ろな。」
「はい!ステラ様、よろしくお願いします!」
---
公爵夫妻との対面
翌朝、ステラは執事の案内で公爵夫妻がいる応接室に向かった。久しぶりに会う両親に、少しだけ緊張が走る。しかし、扉を開けた瞬間、その緊張は冷たい現実によって打ち砕かれた。
「お帰りなさい、ステラ。」
母である公爵夫人の声は、まるで義務的に発せられたかのように冷たかった。父である公爵も無言のまま、彼女を一瞥しただけだった。
「ただいま戻りました。」
ステラは一礼しながら答えたが、二人の態度には温かさの欠片もない。
「あなたが王宮で何をしたのか、私たちは全て聞いています。」
「偽聖女として追放されるなど、公爵家の名誉に傷をつける行為だ。」
公爵の冷たい声が部屋に響いた。その言葉に、ステラの胸に怒りが込み上げる。
「ウチが偽聖女やなんて誰が決めたんですか?王宮での出来事は陰謀やったんや。それを信じてくれへんの?」
「真実がどうであれ、結果が全てだ。私たちがあなたを信じようと、世間はそう見ない。」
公爵の言葉に、ステラは拳を握りしめた。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、笑顔を浮かべた。
「ええわ。それならウチがこの状況をひっくり返したる。どんな手を使ってでも、公爵家の名誉を取り戻すからな。」
その力強い言葉に、公爵夫妻は驚いたように目を見開いた。しかし、それ以上何も言わず、ただ黙って彼女を見送った。
---
新たな一歩
自室に戻ったステラは、大きく深呼吸をした。そして、再び飴を取り出し、一粒を口に放り込んだ。
「ウチには浪速魂がある。この逆境を笑い飛ばして、絶対に勝つで!」
彼女の瞳には強い決意が宿っていた。ステラの新たな挑戦はここから始まる。