冒険者ギルド《赤鷲の翼》。
王都の北区、雑多な商人通りの一角にある、古くから続く中堅ギルドだ。
朝陽が差し込むギルドのホールでは、冒険者たちが依頼掲示板の前でざわついていた。
「おいおい、また受付嬢があの人かよ……」
「ありがたいけど、なんか色々強引すぎるんだよな」
「いや、俺は好きだぜ。弁当までくれるし」
そんな声が飛び交う中、カツン、カツンと優雅な足音が響く。
「みんな〜!!おっはよ〜…ですわ!」
姿を現したのは、艶やかなブロンドを巻き髪にまとめ、完璧に仕立てられた制服を着こなす受付嬢――クラリッサ=フォン=アルトハイム。
元・大貴族令嬢。現在、庶民派。職業、受付嬢(ただし最強)。
「ほらそこのリューク! 寝癖ひどすぎ! そのまま王都の外に出たらスライムに舐められてしまうわよ!」
「舐められるって何だよ!?」
「そしてフリーダ、昨日のお洗濯物、まだ血のシミが落ちきってないわね。ほら、これ使って! 特製『クラリッサ印・汚れ落としブレンドソープ』よ!」
「助かるけど……いつの間に洗濯チェックしてたの!?」
受付とは何なのか。
貴族とは何だったのか。
その概念すら危うくなるクラリッサの働きぶりは、すでに“ギルドの風物詩”と化していた。
「……クラリッサさん、今朝も絶好調ですね」
ため息まじりに言うのは、受付カウンターの同僚・ユアン。
物腰柔らかな青年で、どちらかといえば常識人枠。
「ええ、庶民の皆さまのご健康と成功のため、今日も全力で勤める!!…ですわ!」
笑顔で言い切るクラリッサ。その表情に一片の迷いもない。
「いや、ですわつけたらいいってもんじゃないですって…。」
そのとき――。
バアァン!
ギルドの扉が勢いよく開かれ、一人の若い冒険者が駆け込んできた。
「た、大変だ! 西の森にレッド・ウルフの群れが出たって! 村人が襲われてるってよ!」
「レッド・ウルフだと……!?」
ギルドの空気が一気に引き締まる。
「Bランクの依頼に昇格するわね……急いで討伐部隊を――」
ユアンが動こうとした、そのとき。
「――時間が惜しいから私が行く!」
クラリッサがそう言って、エプロンを外した。
その下に覗くのは、密かに仕込まれたレザースーツ。
「え!? 受付嬢が!?」
「冗談でしょう!? レッド・ウルフって、下手したらパーティ壊滅級だぞ!」
「大丈夫よ。包丁は持ってきたから♪」
にこりと微笑むクラリッサの手には、彼女の愛用――元は高級料理用だったが、今や魔獣をも断つ刃――**『アルトハイム家製・銀の三徳包丁』**が握られていた。
冒険者たちは、ただ唖然と見つめるしかなかった。
凛として、どこか抜けていて、でも誰より頼れる――。
「さあて、ちょいとお出かけしてくるわね♪ 夕方には戻るから、晩ごはんの準備はお任せを!」
肝っ玉母ちゃん系残念お嬢様受付嬢・クラリッサ。
ギルドの“もうひとつの顔”の物語が、いま幕を開ける――!