ギルドの建物を飛び出したクラリッサは、西の森へ向かって一直線に走っていた。
腰に提げた包丁がカランと鳴るたびに、冒険者の視線を集めるが、彼女は気にしない。
「ったく、レッド・ウルフなんて物騒なもんが出たら、畑仕事もできやしないわよ。こっちはこっちで依頼処理で手一杯だってのにさぁ」
口ではぼやきつつも、足取りは軽い。
クラリッサはただの受付嬢じゃない。
かつて王都でも名の知れた大貴族の令嬢であり――
今は、庶民の暮らしを守る“お節介すぎる受付嬢”である。
森の入り口に着くと、うっすらと焦げ臭い匂いが鼻をかすめた。
「……こりゃ、狼どもが火を使う獣人でも引き連れてるのか?」
低くつぶやき、足元に転がる枝を拾って匂いを嗅ぐ。
「違うな。これは……狼が村の囲いに火をつけたってとこか。賢いじゃないの」
と、草むらから「グルル……」という唸り声が聞こえた。
「ほら来た。さっさと片付けて、ギルドに戻らないと、夕方の受付に間に合わないからね」
クラリッサは腰の包丁をスッと抜いた。
刃渡り30センチ、銀と魔鉱石を打ち込んだ、料理にも戦闘にも使える万能刃。
「来な。まとめて相手してやるよ。あたしはね――子ども泣かす奴には、遠慮しねえんだ」
次の瞬間、飛び出してきたレッド・ウルフの一体を、軽やかな足さばきでかわしながら、逆に首元へ包丁を一閃。
「よっ、と。はい一匹片付けぇ!」
その動きは、まるで熟練の料理人が魚を三枚におろすように滑らかだった。
「おうおう、次から次へと……。今日の夕飯は狼鍋か?」
残り五体。
けれどクラリッサはまるで怯まない。むしろ口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「さーて、ちゃっちゃと狩って、帰って仕込みすっかね」
――この日、村に現れたレッド・ウルフの群れは、わずか15分で鎮圧された。
その後。ギルドに戻ったクラリッサは、何食わぬ顔で受付カウンターに立ち、冒険者たちに温かいスープを配っていた。
「はい、今日は狼のダシで作った特製ポトフ。スタミナつくから飲んどきな!」
「え、まさかあの狼……!」
「そうだよ。食べられるとこはありがたく使う。命は無駄にしないのが、クラリッサ流ってね!」
スープを受け取った冒険者たちは、その美味しさに感動しつつも、改めて思った。
――やっぱりこの受付嬢、ただ者じゃない。
クラリッサは今日もギルドのカウンターに立つ。
お節介で、騒がしくて、でも誰よりも頼れるその姿は、いつの間にか多くの冒険者たちの心に根を張っていた。
そして彼女の伝説は、またひとつ――増えた。