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第4話「クラリッサ、貴族と再会す」

朝のギルドは、今日もにぎやかだった。

クラリッサは、昨日戻ってきた冒険者の報告を処理しながら、鍋に仕込んだスープの火加減を気にしていた。


「……よし、味も上々。昼にはちょうど食べごろだね」


そんな中、ギルドの扉が重々しく開いた。

入ってきたのは、一目で“違う世界の人間”とわかる、上等な仕立ての礼服を着た男だった。


「おや……? まさか……クラリッサお嬢様ではありませんか?」


クラリッサの手が止まる。


「……随分懐かしい呼び方だね。あんた、たしか――」


「エドガー・シュタインです。覚えていてくださったとは光栄です」


エドガーは、クラリッサがまだ“リーベルト家の令嬢”だったころの婚約者候補の一人だった。

だが彼女が貴族の座を捨て、ギルドの受付嬢となってからは、関わることもなくなっていたはずだった。


「用件は?」


「いや、少々気になりましてね。まさかあのクラリッサ様が、こんな……庶民の中で働いていらっしゃるとは」


彼は、ギルドの壁や天井を見上げて、あからさまに眉をしかめた。


クラリッサはため息をつき、机の引き出しから帳簿を取り出す。


「皮肉言いに来ただけなら、もう帰ってくれる? うちは受付嬢でも、朝から晩まで仕事が山盛りなんだよ」


「皮肉などとんでもない。……ただ、なぜこのような場所で? 令嬢のままでいれば、もっと――」


「“もっと良い人生”があった? ははっ、どの口が言うかね」


クラリッサは立ち上がり、わざとらしく鍋の蓋を開ける。

ふわりと香る肉と野菜の匂いが、ギルドに漂った。


「こっちはね、貴族の晩餐よりずっと旨い。毎日働いて、笑って、汗かいて、飯食って、それでも誰かの役に立ってるって思える」


「……理解できませんね。令嬢という身分を捨ててまで、なぜそこまで――」


「そっちが理解できるまで、うちのスープ飲んで帰りな。黙って食べれば、少しは分かるかもよ」


エドガーはしばらく黙ったまま鍋を見つめていたが、やがてゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……では、少々だけお邪魔します。味だけでも、確認させていただきましょうか」


「そうこなくちゃ」


クラリッサは笑った。

その笑顔は、貴族の仮面を脱ぎ捨て、ギルドの“母ちゃん”として生きる彼女のまっすぐなものだった。



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