街道沿いの森は、すでに煙と血の匂いに包まれていた。
駆けつけた冒険者たちは、崩れた通商隊の馬車を囲み、次々に現れるモンスターと応戦していた。
「くそっ、こんな数、聞いてないぞ!」
斧を振るう男が叫ぶ横で、魔法使いの少女が呪文を詠唱する。しかし、その額には冷や汗。魔力の枯渇は目前だった。
そんな戦場の後方に、クラリッサの姿があった。受付嬢である彼女は、表に出るつもりはなかった――本来なら。
だが。
「盾部隊、前! 魔法隊は左右に展開して!」
彼女は手を口に添え、場を動かす声を張った。
「撤退ラインは川沿い! 通商隊の生存者はセイナが確保済み! 医療班、けが人を下げて!」
その指示は的確で、早い。そして、不思議なほどに誰もが従っていた。
貴族時代の経験、そしてギルドでの実戦的な運営力。その両方が、今、戦場を支えていた。
「クラリッサさん、やばい! 右から、あれ――ボアじゃない、もっとでかい……!」
前線の若者が叫ぶ。そこに現れたのは、全身を硬い鱗で覆われた巨大なモンスター、オールド・スケイルウルフ。
「耐えられない! こっちにはタンクも足りてないのに!」
後方にいたエドガーが、剣を抜いた。だが、それより早く――
「下がれ、全部下がれッ!」
クラリッサが叫んだ。
彼女は腰の後ろから、古びた銀の指輪を取り出す。
「……“炎よ、我が手のひらにて牙を成せ”――」
その指輪は、彼女がかつて家にいた頃、叙爵の証として授けられたものだった。
「“フレイム・レイピア”!」
空中に赤い閃光が走り、クラリッサの手に炎の剣が生まれる。
「嘘だろ、クラリッサさんって、魔法剣士なの……?」
誰かが呟いたが、彼女はそれを無視して、一歩前に出た。
そして、叫ぶ。
「“お嬢様”なんて呼ばれるのはごめんだけど――」
「誰かが前に立たなきゃ、皆が死ぬ。それなら、あたしが行くしかないじゃない!」
スケイルウルフが咆哮する。だがクラリッサは怯まない。
後方支援? 受付嬢? そんな枠に、もう彼女は収まらない。
「ギルドの受付は、あんたたち全員の命と生活、守る場所なんだよ!」
彼女は真っすぐに駆けた。まるで、昔の自分と決別するように。