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第7話「傷と勲章」

オールド・スケイルウルフの咆哮が消えたのは、日が傾きかけた頃だった。


森の中、蒸気のように立ち上る魔力の残り香の中に、クラリッサは立っていた。

その剣は溶けるように消え、彼女は膝をつく。血が滲んだ服を誰かが掴んだ。


「クラリッサさんっ!」


駆け寄ってきたのはセイナだった。彼女の瞳に浮かぶ涙と焦燥を、クラリッサは苦笑で迎える。


「泣くほどのもんじゃないよ……昔取った杵柄ってやつ」


「でも! あんなの……前に出る必要なんてなかった……!」


「後ろにいても、何も守れない。だったら、前に出た方がマシさ」


それは、誰よりも自分自身に言い聞かせる言葉だった。

だが、その言葉は、思いがけない人物にも聞かれていた。


「……貴族の娘が、泥まみれになるとはね。堕ちたもんだ」


声の主は、黒衣の男――ギルド中央監査局の視察官、ルドヴィク・ハウザー。

クラリッサが元いた侯爵家に仕えていた執事でもあった。


「何しに来たの、ルド」


「“そろそろ帰還を”との命だ。家を出た君を、このままにはしておけないと、侯爵様が」


セイナが警戒の色を見せる。


「クラリッサさんを、無理やり……?」


「無理などしない。ただ、彼女が“やるべきこと”を思い出せばいいだけだ」


ルドヴィクの言葉には、かつての“上から目線”が滲んでいた。だがクラリッサはもう、それに怯えなかった。


「私の“やるべきこと”は、ここにある。仲間の命を繋ぐ受付嬢としての役目。それ以上でも以下でもない」


「見苦しいな」


「いいさ、泥臭くて上等。ここの人たちに、貴族の虚栄よりもずっと大事なものを教わったから」


ルドヴィクは口を噤む。

その時、隊列の中から小さな冒険者の子どもが駆けてきた。


「クラリッサさーん!お姉ちゃんが助かったって!」


泣きながら抱きついてくる子どもの温もりに、クラリッサは少しだけ目を潤ませた。


「ほらね、こういうの。ここでしか手に入らないでしょ?」


それは、彼女にとっての勲章だった。

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