ギルドに戻ったクラリッサは、手当を受けつつもすぐに執務に復帰した。
「傷は大丈夫ですか?」
セイナの心配に、クラリッサはお茶を啜りながら苦笑いする。
「平気平気。昔から、痛みにはちょっと強いんだよ」
その時、ギルドの扉が静かに開いた。
「……失礼します」
静かな足音と共に現れたのは、黒髪の少女だった。年の頃は十六、七。精霊使いのような気配を纏っている。
「受付嬢クラリッサ=フォン=アルトハイム様ですね」
「そうだけど?」
「私は“中央魔導研究院”から派遣された者です。この文書を……お預かりしています」
差し出された封筒は、重々しい封蝋で閉じられていた。中央の文書――ただの冒険者ギルドに届くものではない。
「……なんで、うちのギルドに?」
「詳細は、開封して確認を」
クラリッサは封を切る。中にあったのは、魔導装置に関する極秘文書。そして――
「……これは……っ」
彼女の表情が変わった。
それは、10年前に失われた“魔力増幅装置”の設計図だった。
事故で都市を一つ吹き飛ばした、禁止されたはずの技術。
「なぜこれが、今さら……」
「研究院の一部が、“この装置の復元”を進めています。それを止められるのは、あなたしかいません」
「なぜ私……?」
「この装置の開発責任者の名前、見てください」
クラリッサは紙を見つめ、凍りつく。
《開発責任者:エルトリス=フォン=ユーニス侯》
――それは、クラリッサの父親の名前だった。
「まさか……まだ、父が……?」
「詳しいことは分かりません。ただ、この設計図が出回っているのは事実。阻止できなければ、また“あの時”のように……」
少女は静かに頭を下げた。
「力を貸してください。私たちには、あなたが必要です」
受付嬢としての日々が、クラリッサにとっては新しい“居場所”だった。
だが、父の残した影が、再び世界を揺るがそうとしている。
「……分かった。引き受けるよ」
目を閉じ、ゆっくりと頷いた彼女の姿に、セイナは言葉を失っていた。
「クラリッサさん……戻ってきてくれますか?」
「何言ってんの。行くのは戦場じゃないよ、ちょっと“実家に用事”ができただけ。帰ったら、また忙しくなるんだから、席取っといてね!…ですわ!」
笑ってそう言ったクラリッサの瞳には、もう迷いはなかった。