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第8話「招かれざる来訪者」

ギルドに戻ったクラリッサは、手当を受けつつもすぐに執務に復帰した。


「傷は大丈夫ですか?」

セイナの心配に、クラリッサはお茶を啜りながら苦笑いする。


「平気平気。昔から、痛みにはちょっと強いんだよ」


その時、ギルドの扉が静かに開いた。


「……失礼します」


静かな足音と共に現れたのは、黒髪の少女だった。年の頃は十六、七。精霊使いのような気配を纏っている。


「受付嬢クラリッサ=フォン=アルトハイム様ですね」


「そうだけど?」


「私は“中央魔導研究院”から派遣された者です。この文書を……お預かりしています」


差し出された封筒は、重々しい封蝋で閉じられていた。中央の文書――ただの冒険者ギルドに届くものではない。


「……なんで、うちのギルドに?」


「詳細は、開封して確認を」


クラリッサは封を切る。中にあったのは、魔導装置に関する極秘文書。そして――


「……これは……っ」


彼女の表情が変わった。

それは、10年前に失われた“魔力増幅装置”の設計図だった。

事故で都市を一つ吹き飛ばした、禁止されたはずの技術。


「なぜこれが、今さら……」


「研究院の一部が、“この装置の復元”を進めています。それを止められるのは、あなたしかいません」


「なぜ私……?」


「この装置の開発責任者の名前、見てください」


クラリッサは紙を見つめ、凍りつく。


《開発責任者:エルトリス=フォン=ユーニス侯》


――それは、クラリッサの父親の名前だった。


「まさか……まだ、父が……?」


「詳しいことは分かりません。ただ、この設計図が出回っているのは事実。阻止できなければ、また“あの時”のように……」


少女は静かに頭を下げた。


「力を貸してください。私たちには、あなたが必要です」


受付嬢としての日々が、クラリッサにとっては新しい“居場所”だった。

だが、父の残した影が、再び世界を揺るがそうとしている。


「……分かった。引き受けるよ」


目を閉じ、ゆっくりと頷いた彼女の姿に、セイナは言葉を失っていた。


「クラリッサさん……戻ってきてくれますか?」


「何言ってんの。行くのは戦場じゃないよ、ちょっと“実家に用事”ができただけ。帰ったら、また忙しくなるんだから、席取っといてね!…ですわ!」


笑ってそう言ったクラリッサの瞳には、もう迷いはなかった。



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