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第4話 偽りの忠告者

 愛人エリザベスの策略によって流布された「アイシャが夫を軽視している」「夫婦仲を悪化させているのは彼女のせい」という噂は、まるでそこに火種があると知らない者が油を注ぎ続けるかのように、貴族社会をじわじわと侵蝕していた。

 まだ目に見えるほどの大火にはなっていないが、「アルヴァーノ公爵夫人は問題あり」という評判が、確実に人々の口の端に上るようになってきている。そんな状況の中でも、アイシャは日々の務めをこなし、最低限の社交をこなすことで、「あくまでも上品で冷静な公爵夫人」であろうと努力していた。しかし、その姿勢は表面的には「高慢」「無表情」とも受け取られがちで、誤解を解くには程遠いままだ。


 そんなある日、アイシャのもとに、意外な人物が声をかけてきた。邸内でふとした仕事を終えたあと、廊下を歩いているアイシャを呼び止めたのは、アルヴァーノ公爵家の関係者を名乗る青年——彼は「レオン様の友人」を装って近づいてくるのだった。



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■「レオン様の友人」エドウィンの登場


 青年の名はエドウィン・クロフォード。端整な面差しと柔らかい物腰で、一見すると誠実な好青年のように見える。まばゆい金髪を短く整え、仕立ての良い上着を着こなしながらも気取りすぎない。人当たりの良さそうな微笑をたたえながら、アイシャに話しかけてきた。


「はじめまして、奥様。わたくし、エドウィン・クロフォードと申します。実はレオン様とは旧知の仲でして。先ほど邸に用事で伺った折、奥様のお姿をお見かけしましてね。もしよろしければ、ご挨拶をと思い、お声をかけさせていただきました」


 アイシャは戸惑いを隠せなかった。レオンが「友人」を邸内へ招き入れたなどという話は、今までほとんど聞いたことがないからだ。そもそもレオンは普段から「仕事上の用件」で客人と会うことはあっても、「気軽に社交を楽しむ友人」として誰かを呼ぶタイプではない。

 とはいえ、公爵家の来訪者に無下な態度を取るわけにもいかない。アイシャは自然と身を正して、「初めまして。アイシャ・アルヴァーノと申します」と、かっちりとした貴婦人の挨拶を返す。しかし、その声色には微かな警戒が滲んでいた。


「レオン様の旧知……ですか。大変失礼ですが、これまでお顔を拝見した記憶がございません。ご用件は、どのようなものでしょうか?」

 聞けばエドウィンは笑みを深め、少しだけ胸に手を当ててみせる。

「そうですね、実はここ最近の噂を聞き及んでおりまして。奥様が大変ご苦労なさっているとか……。わたくしはレオン様の友人として、少しでもお役に立てればと考えています」


 その言葉を聞いたアイシャは、半ば呆れ、半ば驚いた。噂といえば、自分が夫を粗略に扱っているという根拠のない中傷ばかり。だが、その噂を信じるか信じないかは別として、「自分の力になろうとする人物」が突然現れるなど、想定外だった。彼女は思わず目を伏せ、言葉を探す。

(この人は、いったい何が目的で……?)

 もちろん、そう考えてしまうのは無理もなかった。なぜなら、レオン自身がアイシャに興味を示さない以上、「友人」を名乗る人物がわざわざ夫人のために何かをしてくれる理由が見当たらないからだ。

 だがエドウィンは、そんなアイシャの心の内を読み取ったかのように、再度やわらかな声で語りかける。


「奥様、ご安心ください。わたくしはただ、レオン様に恩義を感じているものですからね。昔、ちょっとしたことで助けていただいたことがありまして……。それで、こうして奥様の評判が悪くなっていると聞けば、一言でも力になれればと思うのです。もちろん、奥様に迷惑をかけるつもりは毛頭ありませんよ」


 その穏やかな表情や物腰は、確かに「善意の紳士」に見えなくもない。だが、アイシャの胸には、それでも拭えない不安が小さく疼いていた。貴族社会では、こうした「友人を装い近づく者」が少なくない。そしてエドウィンの言葉の端々からは、「奥様の評判が悪い」という事実を前提に話を進める匂いを感じるのだ。

(評判が悪いと承知の上で、どうして私を助けたいなどと言い出すの……?)

 その疑問は晴れぬまま、エドウィンは「また改めてお目にかかれれば」と言い残して去っていった。



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■エドウィンの甘い囁き


 エドウィン・クロフォードと名乗る青年が初めてアイシャに接触してから、ほどなくして、彼は邸外での社交の場でたびたびアイシャに姿を見せるようになった。あるときは街の貸し切り音楽会、またあるときは商家が開く夕食会。レオンが同席しない場面でも、エドウィンは偶然を装ってアイシャの前に現れるのだ。

 最初のうちは「奇妙な偶然もあるものだ」と思っていたアイシャも、さすがに数回も重なれば「必然的に近づいている」と感じざるを得ない。彼女はなるべくそっけない態度を取り、それとなく距離を置こうとする。だが、エドウィンは品のいい微笑を崩さず、まるで「固い殻にこもる姫を溶かす魔法使い」のように甘い言葉をかけ続けてくる。


「奥様、最近ますますご無理をなさっているそうですね。僕には、あなたの心が少しずつ壊れてしまいそうに見えますよ。こんなことを言っては失礼かもしれませんが……どうか、ひとりで抱え込まないでください」

 アイシャは心が揺れるのを感じながらも、それを表に出さず、あくまで冷静に返そうと努める。

「心配していただくのはありがたいのですが、わたくしには夫や実家がございます。あなたのような方に甘えるわけにはいきません。貴族の奥方が他家の男性に寄りかかるなど、あまりにも節度に欠ける行為だと思いません?」

 言外に「あなたのやり方は不躾ではないですか?」と問いただすニュアンスを含ませた。しかし、エドウィンはまるで聞こえなかったかのように、優しく微笑を返す。


「ええ、もちろん承知していますとも。でも、もしもあなたが少しだけでも誰かを頼りにしたいと思う瞬間があったなら……僕は喜んで力になりたい。レオン様への恩義はありますが、それ以上にあなたを放っておけないんです。あなたは、こんなにも不当な扱いを受けるべき人じゃない」


 その言葉は、巧妙にアイシャの心の隙間を突いてきた。確かに、アイシャは今、心を許せる相手がほとんどいない。夫のレオンは冷淡なまま、侍女たちもエリザベス寄りの者が多く、社交界ではエリザベスの噂で四面楚歌に近い状態だ。そんな中で、「君の味方だ」と胸を張ってくれる人が現れたら、どんなに心強いだろうか。

 しかし、一方でこれは「大いに怪しい」状況でもある。アイシャは自分の感情が揺れかけるたび、「彼の言葉に流されてはいけない」と自制する。何か裏があるのではないかという疑念は、日に日に増していく。それでも、エドウィンは巧みに言葉を駆使し、彼女の警戒心を解こうと試み続けるのだった。



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■レオンとエドウィンの関係


 アイシャはある日の夜、思い切ってレオンにエドウィンのことを問いただそうとした。珍しく屋敷に戻ってきたレオンを見計らい、廊下で無理やり足を止めてもらったのだ。

「少しお時間をいただけますか? わたくし、レオン様の“ご友人”だという方について、お伺いしたいのです」

 レオンは面倒そうに眉をひそめ、アイシャをまっすぐに見つめる。彼の表情には苛立ちすら浮かんでいるようだ。

「……友人? 俺に友人などいたか?」

 あまりにも予想どおりの反応に、アイシャは内心で苦笑を禁じ得なかった。やはりレオンは心を許せる相手などいないのだろうか。しかし、エドウィンは「レオン様とは旧知」と言っていた。

「エドウィン・クロフォードという名の青年です。最近、よく私の前に現れて、まるであなたの代理人のような態度を取りたがるのですが……」

 するとレオンはさらに眉を寄せ、即答する。

「クロフォード……? 知らんな。少なくとも俺はそんな名のやつを友人に持った覚えはない」


 それを聞いたアイシャの胸に、「やはり」という思いが込み上げる。エドウィンの言葉はすべて嘘だったのだ。単に近づくための口実だったのか。

 とはいえ、もしかするとレオンが憶えていないだけかもしれないと淡い期待を抱いたが、続く彼の言葉がそれを断ち切る。

「そもそも俺に“友人”などいない。仮にビジネス上の繋がりがある相手ならまだしも、私的な友人など論外だ。名前を聞いてもピンとこない以上、そいつの言うことは信用に値しないだろうな」

 そう吐き捨てるや否や、レオンは大股に歩き出し、あっという間にアイシャの視界から消えてしまう。


 その冷たい対応にも失望はしたが、それ以上に「エドウィンは虚偽の肩書きで近づいている」という事実が明らかになったことが、アイシャには大きな衝撃だった。だが、なぜ嘘をついてまで接近してくるのか。目的は何なのか——疑問は深まるばかりである。



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■エリザベスとの繋がり


 そうこうしているうちに、侍女の一人がアイシャにひそかに情報をもたらしてくれた。

「実は、奥様……エドウィン・クロフォード様が、先日、エリザベス様と内密に会っていたところを見かけた者がおりまして。二人ともこちらには気付いていなかったようなのですが、どうも親しげに言葉を交わしているようでした」

 この一報に、アイシャは胸の奥が凍りつくような感覚を覚えた。それはまさしく、自分が最も危惧していたことのひとつだ。「レオンの友人」と称して近づく男性が、実はエリザベスと繋がっている可能性——それが、ここにきて確実性を帯びてきたのだ。

 愛人のエリザベスは、裏でアイシャの評判を落とす噂を広める黒幕。そのエリザベスとエドウィンが通じているとなれば、彼がアイシャに囁く甘言も、「君の味方だ」という申し出も、すべて彼女を陥れるための策略である可能性が高い。

 だが、その具体的な証拠がまだ何もない。エドウィンやエリザベスに直接問いただしたところで、すぐに口裏を合わせて誤魔化されるだろう。アイシャは思案の末、しばし静観するしかないと決めた。下手に動いて逆に相手に手の内を明かすことが、最悪の結果を招くことだってある。


 そうして冷静を保とうと努めても、心は不安と疑念に渦巻いていた。「私の味方になる」と繰り返したエドウィンの言葉を思い返すたび、それが毒のように胸を痛めつける。世間知らずと思われている自分の弱みにつけ込み、信頼を得た上で何を企んでいるのか……。「白い結婚」に苦しむ夫人を救う英雄を演じながら、裏で絶望のどん底へと誘う。そのような筋書きを勝手に思い描いているのかもしれない。



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■揺れ動くアイシャの心


 エリザベスと繋がっていると知った今、アイシャとしてはエドウィンの甘い言葉をすべて拒絶するのが最善の策だろう。実際、そうするしかないと頭では分かっている。

 しかし同時に、彼女はエドウィンが見せた「わずかな同情や優しさ」の仮面に惹かれかけていた自分がいたことも自覚していた。屋敷の中でさえ誰も心を寄せてくれず、外へ出れば「夫を軽んじる冷酷な妻」として悪評がつきまとい、実家にも頼れない——そんな孤立無援の中で、一瞬でも「味方がいるかもしれない」と思えたときの安堵感は、毒と知りながらも甘美だったのだ。

 その安堵すら偽りだったのだと考えると、自分がますます情けなくなる。こんな嘘にすがろうとしていたのか、と。冷酷で愛情を向けられない結婚生活の中で、ほんの少しの優しさにも飢えていた自分を思い知る。エドウィンが「友人」を装って近づく行為は、アイシャの自尊心を深く傷つけると同時に、彼女の孤独と渇望をいや増す結果になっていた。



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■「自分の人生を取り戻すべきだ」という芽生え


 しかし、この出来事は同時にアイシャの中に小さな芽を生み落とした。エドウィンとエリザベスの繋がりを聞かされた瞬間から、彼女はそれまでとは違う思考を始めている。それは「誰かに守られるより、自分でなんとかしなければいけない」という自立への一歩だった。

 これまでのアイシャは、貴族の娘として「両親の意思」「夫の意思」「家の義務」というものに縛られていた。冷え切った白い結婚に苦しみながらも、周囲の期待や規範を裏切る勇気が持てず、ただ我慢を選んできた。しかし今、「誰かの“助け”ですら、自分を貶めるために利用されるかもしれない」という現実を突きつけられた彼女は、自分自身を信じ、自分の足で立つ以外の道がないことを痛感し始めたのだ。

 もちろん、それは言葉ほど簡単なことではない。離婚を考えれば実家や社交界からの非難は必至。公爵家の名誉や侯爵家の誇りを思えば、「勝手に結婚を破綻させた裏切り者」という評価を受けかねない。かといって、このままレオンとエリザベスに押さえつけられていれば、いつか心が本当に壊れてしまう……。

 これらの板挟みの中でも、アイシャは自分を奮い立たせなければならないと痛切に感じ始めていた。外部の“援助”をむやみに頼るのは危険だ。それならば、自ら調べ、考え、動き出すしかない。孤立無援の状況であっても、流されるだけの人生を送るのはもう嫌だ——そんな決意が、彼女の中でほんの小さな光となって灯り始める。



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■エドウィンの甘言と、さらなる誘い


 アイシャがどう動くかを模索しているうちに、エドウィンはなおも邸の外で彼女を待ち伏せし、あるいは招待状を送ってくるようになった。内容は「あなたに一目お会いしたい」「お話ししたいことがある」というものだ。アイシャはすべて無視し続けるが、そのたびに胸がざわめく。このまま無視していれば、相手があからさまに逆上して何か仕掛けてくるかもしれない。そうした不安が常につきまとっていた。

 ある日、アイシャが屋敷の外へ出ようとしたところ、出入り口近くでエドウィンが待ち構えていたことがあった。

「奥様、もう一度だけ話を聞いてほしいんです。あなたがこんなにも苦しんでいるのに、誰も何もしてくれない状況が僕は耐えられない」

 急な呼びかけに驚いたアイシャは、一瞬足を止めたが、すぐに背筋を伸ばし直して冷ややかに応じる。

「突然のご来訪、誠に迷惑です。わたくしはあなたに頼んだ覚えはありませんし、お話しする必要も感じておりません。どうぞお引き取りください」

 そう告げても、エドウィンは諦めない。むしろ悲しげな表情を装い、彼女の手元を見つめながら語りかける。


「そんなことを言わないでください。もしあなたが本当に孤立しているなら……本当に誰にも相談できないなら……ここで僕を遠ざけてしまうのは得策ではないですよ。どうか、冷静になって考えてください。何かできることがあるはずです」


 確かに彼の言うことには一理あるかもしれない。アイシャが深く苦しんでいるのは事実だし、味方が少ないのも事実。しかし、それでも「偽りの友人」である可能性がほぼ確定した人物に手を借りるわけにはいかない。彼の背後にはエリザベスがいる。そんな関係に助けられたとして、結果的にどんな不利益が降りかかるか想像に難くない。

 アイシャは息を整え、毅然とした声で言い放つ。

「もしわたくしのことを本当に思うのであれば、わたくしの希望を尊重してください。わたくしはあなたを必要としておりません。今後は声をかけないでいただきたい。……これ以上、わたくしを困らせないで」


 最後の言葉だけは、アイシャ自身の本音が滲んでいた。困っているのは事実。だが、それ以上に彼の存在が危険な匂いを放っているのも事実だった。エドウィンは唇を噛みしめ、何か言いたげに眉をひそめたが、アイシャがそれ以上耳を傾けようとしないと見るや、踵を返して去っていった。

 その背中に、寂しそうな雰囲気があるのはアイシャにも感じ取れた。だが、同情するわけにはいかない。人の弱みにつけ込み、嘘を利用して近づく人間を信用することなどできないからだ。エリザベスの策略を幇助する役目を担っていると疑われる以上、これ以上関わるのは危険すぎる。そう自分に言い聞かせながら、アイシャは冷たい風の吹く門前にしばらく立ち尽くしていた。



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■行き場のない恐怖と、決意の芽吹き


 エドウィンとのやり取りを終えたあとも、アイシャの心は不安定に揺れ続けていた。彼が再び姿を現し、何らかの形でアイシャを陥れるような行動を取るかもしれない。あるいは、エリザベスがそれを利用して新たな噂を流すかもしれない。そう考えると、屋敷の中でも外でも安らぐ暇などない。

 しかし、その恐怖は同時にアイシャの胸に「こんな日々を打ち破らなければ」という強い意志を芽生えさせていた。これまで、彼女は夫に裏切られ、愛人に揶揄され、社交界からは白い目で見られながらも、ただ耐えるだけの日々を送ってきた。でも今のままでは、さらに策略の餌食になるだけだと痛感したのだ。

 彼女の中で「自分の人生を取り戻すべきだ」という思いが、一歩ずつ現実味を帯び始める。もちろん、それが何を意味するのかはまだわからない。今さら夫を振り向かせようと奮闘しても、現実は変わらないかもしれない。離婚という選択肢には実家や社交界の大きな反発が待っているだろう。それでも、今のまま流され続けるよりは、自分の意思で動いてみたい——そんな覚悟が少しずつ形を成していく。


 夜、いつものように一人の寝室で窓辺に座り、月を見上げながらアイシャは小さくつぶやく。

「私……このまま、何もしないで終わるわけにはいかない。仮に失うものがあっても、もう、無力なまま蹂躙されるのは嫌……」


 その声は弱々しくとも、確かに言葉となって空気を震わせた。かつては「家名のため」「夫のため」と自分を押し殺していたアイシャだが、今は「自分のため」という視点を持ち始めている。意外にも、その思いは孤独の中で育まれていた。追い詰められているからこそ、自分を変えなければならないと悟ったのだ。

 もちろん、この先に待ち受ける道は平坦ではない。夫レオンの冷淡さは変わらず、愛人エリザベスの陰謀はさらに巧妙化するかもしれない。エドウィンがどんな手を打ってくるかもわからない。けれど、それでも一歩を踏み出さなければ、何も変えられないのだ。



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■次なる一手を模索するアイシャ


 こうして、アイシャは「自分の人生を取り戻すべきだ」と強く思い始めた。とはいえ、具体的にどう行動すればよいのかはまだ定かではない。離婚は最終手段として視野に入れつつも、まだ決断には踏み切れない。何か「証拠」や「きっかけ」が必要だ。それはエリザベスとエドウィンの不正な繋がりを暴くことであったり、あるいは実家のルメート家に自分の苦境を正しく伝えることであったり、方法はいくつかあるかもしれない。

 だが、いずれにせよ、これまでのように黙って耐えるだけでは状況は好転しない。それを痛感したアイシャは、まずは「少しずつ情報を集める」ことから始めようと考える。エリザベスがどんな噂をどこで流しているのか、エドウィンとどこで会っているのか、あるいはレオンが家の中でどのような指示を出しているのか——そうした断片を積み上げていけば、いつか反撃の糸口が見つかるかもしれない。

 侍女長のグレイスや、わずかに心を寄せてくれている使用人たちを頼りに、アイシャは少しずつ網を張り巡らせようと決意する。それは危うい賭けとも言えたが、何もしなければエリザベスとエドウィンの思うがままだ。貴族としての立ち居振る舞いに加え、今度は「自ら情報を収集し、動き出す」という姿勢を打ち出すことで、初めてアイシャは自分の意思を外部に示そうとしているのだ。



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■偽りの忠告者がもたらすもの


 こうして、レオンの「友人」を装うエドウィンの出現は、アイシャにとって大きな警鐘となると同時に、彼女の心に行動への火を灯すきっかけともなった。もしエドウィンが近づかなければ、アイシャは今もなお「冷ややかな結婚生活」に押しつぶされるだけで、自分の人生を変えようなどとは思わなかったかもしれない。

 偽りの忠告者は、確かに危険でしかない。だが、その危険がアイシャに「このままではいけない」と決意させたことも、また皮肉な事実だ。愛人エリザベスの策略によって噂が広まるなか、「君の味方だ」と囁く存在が実は敵の手先だった——この絶望的な状況を前に、アイシャは初めて心の底から「自分を救わねばならない」と目覚めるのである。

 そして、その目覚めこそが、のちに「ざまぁ」の舞台を整える一つの大きな要因となるのだ。アイシャはまだ、そのときの自分がどれほど強くなり得るのか知らない。だが、裏切りと冷遇の中で培われた「決意」は、やがて貴族社会を震撼させる波紋へとつながっていくのかもしれない。


 こうして、エリザベスとエドウィンが仕掛ける罠が次々と形を成していく中、アイシャはついに「耐えるだけの人生」を捨てる一歩手前まで来ている。偽りの忠告者によって深められた孤立が、反対に彼女の内なる意思を強固にしていく……。この「白い結婚」は、もう二度と元の形には戻れない。アイシャが次にどのような行動を起こすのか、その行く末を決める瞬間が、いよいよ近づいていた。



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