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第5話 証拠を掴む

 アイシャがアルヴァーノ家に嫁いでから、すでに数カ月の月日が流れていた。夫のレオンは形ばかりの態度しか見せず、愛人エリザベスは堂々と振る舞い、そして家の中では彼女の意を汲む使用人たちが幅を利かせる。先日の噂騒動以来、アイシャの立場はさらに危うくなっているように感じられた。なんとかして現状を変えたいと思いながらも、エリザベスやレオンの行動を裏付ける決定的な証拠がないままでは、どうすることもできない。耐え忍ぶ毎日に心がすり減っていく中、アイシャは決意した——「もう、静観しているだけでは何も動かせない」と。


 彼女を後押ししたのは、わずかに残っていた“友人”たちの存在だった。実家のルメート侯爵家に戻る道は事実上閉ざされ、邸内の使用人の多くはエリザベス寄り。しかし、侍女長グレイスのようにアイシャを気遣ってくれる者もいれば、ほんの少数ながら味方になってくれそうな人々がまだ残っていた。加えて、アイシャは「このまま愛人の好き勝手にされ、貴族社会からも排斥されて終わるなど絶対に嫌だ」という強い思いを抱き始めていた。


 きっかけの一つとなったのは、愛人エリザベスとその取り巻きが「夫婦仲が悪いのはアイシャが冷酷だからだ」という噂を外へ盛んに流し始めた頃からだ。噂を耳にした一部の侍女が、少しでもアイシャを不憫に思ったのか、「エリザベス様が実はおかしな動きをしている」とそれとなく耳打ちしてきた。たとえば、公爵家の勘定を扱う帳簿にエリザベスが妙に口を挟んでいるだとか、レオン不在時にも“公爵家の印章”を勝手に使っているらしいなど、不自然な点はいくつもある。しかし、それだけでは「不穏な動きがある」こと以上を示せない。そこでアイシャは何らかの形で“決定的な証拠”を掴む必要があると痛感したのだ。



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幼なじみの再訪


 そんなとき、アイシャの前に一人の王宮騎士が現れた。名をエドガー・グレンスフィールドという。彼はかつてアイシャの幼少期、ルメート侯爵家の領地において互いの両親の交流を通じ顔見知りだった青年だ。幼い頃は、まだ貴族の子女として自由にならないアイシャが退屈しないよう、休日に騎士見習いとしての訓練話を聞かせてくれたり、貴族子女どうしの勉強会に付き合ってくれたりしたこともある。すでに何年も会っていなかったが、噂を通じて「ルメート侯爵家の令嬢が冷え切った結婚生活に苦しんでいるらしい」と知り、王宮からの帰り道にあえて公爵邸を訪ねてきたのだという。


 アイシャは最初、その申し出を素直に喜べなかった。というのも、最近は「レオンの友人を装う男」や「同情を示しながら裏で手を組む者」——つまり偽善者が近づいてくることが多かったからだ。だが、エドガーのまっすぐな眼差しと、“幼なじみ”という安心感が、彼女の警戒心を少しずつ解いていく。

「アイシャ。久しぶりだね。……噂は聞いたけれど、実際に顔を見たら、やっぱりただの噂で済むような状況ではない気がしてね。君の姿がずいぶん疲れているように見えるし……何かあれば協力したいんだが、迷惑かな?」

 エドガーは王宮騎士らしく颯爽としていながらも、言葉には控えめな優しさが滲んでいる。その誠実さは、アイシャのくすぶっていた孤独と不信感をほんの少し和らげた。


「迷惑だなんて。むしろ、有り難いくらいよ。……でも、本当に私を助けてくれるの? あなたは王宮騎士なのだし、軽率に首を突っ込むわけにはいかないでしょう?」

 アイシャがそう問い返すと、エドガーはわずかに苦笑しながらも、きっぱりと首を振る。

「王宮騎士といえど、プライベートで動く時間はある。僕個人が友人を心配して動くことを、誰も止める権利はないよ。ただ、公爵家の内情は王宮にも少なからず影響を与えるから、もし必要とあれば“公式”に捜査や調査が入るかもしれない。それまでの間、君が危険にさらされないよう、できる限り力を貸したいと思うんだ」


 そこまで言われて、アイシャはようやく「この人なら信用できるかもしれない」と思えた。もともと幼い頃からの付き合いがあり、彼は正義感の強い性格だった。中途半端な同情を表面だけで示すような人物ではないし、何よりアイシャにとっては数少ない“過去を知る人”なのだ。夫のレオンや愛人エリザベスからどんなに蔑ろにされても、かつてアイシャが“温かい家庭”や“夢”を語れた時期があったことを覚えている人物は貴重な存在だった。



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邸内の不穏な動き


 エドガーが協力を申し出てくれたものの、アイシャは慎重に事を進めざるを得なかった。なにしろ、公爵邸にはエリザベスの息がかかった使用人が多く、アイシャの行動を常に見張っているかもしれない。下手に動けば「夫人がわけのわからない男を引き入れている」と逆手に取られ、さらなる噂を広められる危険がある。

 にもかかわらず、アイシャが行動を起こさなくてはならない理由があった。それは、エリザベスとレオンの“金銭面”での動きがどうにも怪しいという情報を複数の筋から得ていたからだ。具体的には、公爵家の金庫から出ていく支出が増えているにもかかわらず、帳簿上でその用途が曖昧になっているという。さらに、エリザベスがある書類を使用人たちに届けさせている姿がよく目撃されている。あたかも、自分が“公爵夫人”であるかのように権限を振りかざし、何らかの契約書や依頼文を外部に送っているらしい。


 アイシャは考える。

(もしエリザベスとレオンが裏でつながり、私を陥れるだけでなく、公爵家の財産や地位を利用して何か不正を行っているのなら……)

 それは単なる夫婦喧嘩や愛人問題の範疇を越え、王宮や貴族社会全体にも影響を与えかねない。万一、その責任をすべて“公爵夫人アイシャ”に押し付けられたらどうなるか。すでに悪い噂が流布されている今なら、周囲の貴族たちは「やっぱりあの夫人は問題を起こす女だったのだ」と簡単に信じてしまうかもしれない。今、手をこまねいているわけにはいかない——そんな危機感が、彼女を動かした。



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情報収集と協力関係


 アイシャはまず、信頼できる侍女長グレイスと緻密な打ち合わせを始めた。エリザベスが使用人に命じて搬出させている書類がどういうルートを辿っているのか、どの部屋で保管されているのかを探る。その際、アイシャ自身が前面に立つと目立ちすぎるため、グレイスや一部の侍女にさりげなく張り込みを頼み、タイミングを見計らって部屋に潜り込んでもらう。

 さらに、エドガーには外部からの情報を集めてもらうことにした。王宮騎士の職務を利用するのは本来ならば越権行為になりかねないが、彼は「個人的な調査」という形を装い、貴族社会の動向を探ってくれる。特に「アルヴァーノ公爵家名義の怪しい文書が出回っている」という噂や、レオンの名前を使って金銭を動かしている者がいないかどうか、王宮の記録担当や同僚騎士などを通じて密かに調べ始めた。

 やがて、幾つかの断片的な事実が浮上してくる。エリザベスが送り出している文書には、“公爵家の印章”が押されているのに、受け取った商人や地方貴族が「正式な契約なのか疑わしい」と首を傾げているという話。そして、書類の内容はしばしば「将来的な融資」だの「権利の譲渡」だの、きわめて曖昧かつ危険な取引を示唆している。その一方で、レオン自身は外部に対してほとんど何も発信しておらず、あたかも裏ではエリザベスが主導しているようにも見える。


 だが、これだけでは“決定的な証拠”とは言い難い。あくまで「何か怪しい」という状況証拠にすぎず、エリザベスやレオンの陰謀を突き止めるには不足していた。アイシャは焦りを抑えながらも、「必ず彼らの弱点があるはず」と信じ、さらに根気よく調査を続ける。



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ついに発見された鍵


 ある夜、アイシャはグレイスの報告によって、「エリザベス専用」と噂される一室に大量の書類が保管されているらしいという情報を得た。エリザベスが屋敷にいるときは常に鍵がかかっており、彼女の取り巻きである侍女や従者が警戒している。そこに入り込むのは至難の業だが、近々エリザベスがレオンとともに夜会に出かける日がある。その日であれば、邸内の警備も手薄になるだろう。

 これを逃せば次がいつになるかわからない。アイシャはグレイス、そしてエドガーと相談し、「エリザベスとレオンが留守の日」に一気に証拠を押さえる計画を立てる。エドガーは王宮の騎士として大っぴらには動きにくいが、「何かあったときの救援要請」にはすぐ駆けつけられるよう、近くの宿に待機してくれることになった。

 そして当日。アイシャはあえて、自分も夜会に出席するかのように装い、華やかなドレスをまとって馬車で外に出るフリをする。そして短時間でこっそり邸へ戻り、裏手から忍び込むのだ。もちろん、家中にエリザベスの目となる使用人がいる可能性は高い。ほんの少しのミスが命取りになる。

 それでも、アイシャは覚悟を決めていた。ここで身を引いては、いつまでもエリザベスとレオンに翻弄されるだけ。自分の人生を取り戻すためには、危険を承知で証拠を掴むしかない。夜の静寂に包まれた廊下を足早に進むアイシャの胸には、不安と決意が渦を巻いていた。



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秘密の部屋への潜入


 目的の部屋の前には、グレイスが言葉巧みに話しかけて足止めしている従者が一人いるだけだった。とはいえ、彼に気付かれないように侵入するには多少の工夫が必要だ。グレイスが従者を廊下の先に誘導してくれている隙をついて、アイシャは素早く扉の前まで駆け寄る。事前にグレイスが用意していた合鍵のような道具を使い、簡単な錠ならこじ開けられると聞いていたが、実際にやってみると心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。

 しかし、思ったよりも錠は複雑ではなく、アイシャは数回の挑戦でカチリと手応えを感じる。そっと扉を開けると、そこは煤けたランプが置かれたままの半暗い部屋だった。埃ひとつないところを見ると、人の出入りは頻繁なのだろうが、不自然なくらい静かで、かすかに書物の匂いが漂う。机と棚が並び、書類の束や封筒が積み上げられているのが薄暗がりの中でもわかる。

(こんなにも堂々と資料を置いているなんて、よほど自信があるのか、それとも人目をはばからないやり方をしているのか……)

 アイシャは息を詰めながら、机の上に散らばる紙を一枚ずつ確認していく。差出人・宛先にアルヴァーノ家の紋章が押されているのに、肝心の本文にレオンの署名がないもの、もしくは彼女にとって見覚えのない筆跡で「レオン公爵の代理」と記されているものが混在していた。中には「賄賂」や「密約」を連想させる怪しい用語が記載された手紙もある。

 さらに、机の引き出しを開けると、そこには公爵家の正規の印章と酷似した“偽の印章”らしきものが入っている。小箱にはまだ使われていない封蝋や、細工されたスタンプが複数。アイシャはこれを見た瞬間、背筋が凍る思いがした。これほど大規模な偽造道具を持ち込み、書類を偽造しているのだとすれば、エリザベスたちは公爵家の権威を自分たちの思うままに操る準備を整えている、ということにほかならない。


 そして、もう一つ衝撃的だったのは、棚に仕舞われていた“ノート”だった。開いてみれば、エリザベス自身の手による走り書きがびっしりと並び、そこに「公爵様がアイシャを冷遇してくれるから、自分の立場が盤石になる」「いずれ正式な夫人の座を手に入れるため、あの女(=アイシャ)は完全に不要」「ある人物に報酬を渡して、アイシャの悪評をさらに広める」など、きわめて悪意に満ちた言葉が踊っている。

 もちろん日記ではないため、断片的なメモのように読めるが、それでも明確に“愛人による策略”が分かる内容だ。そこにはレオンがどう関わっているかを匂わせる文面もあり、「公爵様は細かいことには関心がないが、わたしが上手く手配すれば全て承認してくださる」などと書かれていた。つまり、レオンが完全な共犯かどうかはわからないが、少なくとも黙認している可能性が非常に高い。

(これほどの証拠があれば……!)

 アイシャはノートや怪しい契約書など、いくつかを急いで衣の下に隠し、今にも聞こえてきそうな従者の足音に耳を澄ませる。手当たり次第に持ち出すわけにもいかないが、最低限“エリザベスの不正”と“レオン黙認の証”になるものを確保すれば、社交界の場で逆転の糸口をつかめるはずだ。



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出会う協力者と、逃げ切れない不安


 作業を進める中、一瞬ドアの外で物音がしたように感じ、アイシャは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。すぐに明かりを吹き消し、物陰に隠れる。万一、ここで誰かが入ってきたら——と考えると、手が震えそうになる。しかし、物音はそれきりで、また廊下は静寂を取り戻した。

 アイシャは素早く扉を開け、廊下を確認する。幸い、グレイスがしっかり従者を引き留めているようだ。アイシャは何とか足音を殺して部屋を後にし、打ち合わせ通り、裏口までひたすら急いで向かう。その途中、偶然にも外から入ってこようとしたもう一人の従者とすれ違いかけ、「奥様、こんなところで……」と怪訝な表情を向けられそうになったが、グレイスの助けもあって言い訳を取り繕うことができた。

 すぐさま馬車に乗り込んだアイシャは、薄暗い車内で“証拠”を抱えたまま安堵の息をつく。だが、まだ成功を喜ぶには早い。このまま屋敷へ戻れば、すぐにエリザベスに動きを嗅ぎつけられるだろう。一方、レオンにも知られれば、どんな手段で抑え込まれるか分からない。下手をすれば「貴族の娘が盗みを働いた」として大罪に問われる可能性だってある。

 そこでアイシャは馬車をそのまま王宮近くの宿へ走らせた。エドガーが待機している場所だ。もう、この“証拠”を安全に保管できるのは彼しかいないと思ったのである。王宮騎士の立場を利用すれば、一定の守秘義務で書類を預けることができるかもしれない。たとえ公爵家といえど、王宮騎士が正式な手続きを踏んで預かった物を無理に奪い返すのは容易ではない。



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エドガーとの再会、協力への一歩


 宿へとたどり着くと、エドガーは思っていた以上に真剣な表情でアイシャを出迎えた。彼女の姿を見るなり「大丈夫か!?」と駆け寄り、その顔には焦りと安堵が入り混じった色が浮かんでいる。アイシャは震えた声で報告する。

「何とか、書類を手に入れました。……エリザベスが公爵家の権威を使って裏取引をしている証拠、そして……レオンもそれを黙認していると考えられるメモが……」

 エドガーはアイシャが差し出す書類やノートをめくり、しばらく無言のまま内容を確認していたが、やがて小さく息を吐き出して顔を上げる。

「なるほど……。これは確かに、単に愛人が好き勝手しているだけじゃ済まされないな。公爵家そのものが大規模な不正に利用されている可能性がある。しかも、レオン公爵がどこまで関与しているかは分からないが、すくなくとも傍観しているようにしか見えない。もしこれを王宮が正式に知ったら、アルヴァーノ家は大問題になるだろう」


 アイシャはエドガーの言葉に胸をえぐられるような思いだった。レオンがどこまで加担しているのか確かめたくても、もはや信頼関係などないに等しい夫に尋ねたところで答えてくれるはずもない。下手をすれば“真実を知った”とみなされ、さらに危害を加えられるかもしれない。だが、ここまで明確な“証拠”が揃った以上、もう引き返すことはできないのだ。

「わたし……このまま公爵家と共倒れするわけにはいかない。自分の清白を証明して、あの二人が何をしてきたか白日の下に晒さないと……。さもなければ、きっと全部の罪をわたしに被せて、勝手に処分されてしまう」

 そう呟くアイシャの瞳には、深い恐怖と同時に燃え立つ決意が見え隠れしている。エドガーはその姿を見て、ゆっくりと頷くと彼女の手に自分の手を重ねる。

「分かった。僕は騎士の立場で動ける範囲を最大限に活かして、これらの書類を安全に保管しつつ、然るべきタイミングで王宮へ報告を進めよう。……ただ、いきなり公式に訴えても、アルヴァーノ家とその取り巻きが事実を隠滅する時間を稼いでしまう恐れがある。むしろ、みんなの前で、一度に暴露する機会を狙うほうが効果的だ」


 アイシャは覚悟を決めたように、少しだけ唇を引き結ぶ。そして、エドガーが言う“みんなの前”という言葉の意味を悟る。華やかな舞踏会や、大勢の貴族たちが集う祝宴の場こそが、正々堂々と証拠を提示し、“噂”ではなく“事実”を見せつけるのに最適な場所だ。もし成功すれば、レオンやエリザベスがいくら言い逃れしようとしても、多くの目撃者がいる中で嘘を通すのは容易ではない。

「わたし、やります。次に大きな舞踏会が開かれる場で、すべてを暴露します。あの方たちから奪われたものを、取り返すために……」

 決意に満ちた声音でそう宣言すると、エドガーは微笑を浮かべながら「僕も全力で手を貸そう」と応じる。宿の窓の外は、まだ深夜の闇が広がり、アイシャの未来も暗い影に覆われているかのように見える。しかし、彼女の手には確かな証拠が握られており、傍には幼なじみの騎士がいる。孤立無援だったころとは明らかに違う。そう思うだけで、アイシャの胸には、一筋の光が射すような心強さが湧き上がってくるのだった。



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新たな一歩


 こうしてアイシャは、レオンとエリザベスの陰謀を示す決定的な証拠を掴むことに成功した。同時に、彼女に好意を寄せる幼なじみの王宮騎士エドガーが、自ら進んで協力を申し出てくれたことで、長い間感じていた絶望の淵から抜け出す糸口がはっきりと見え始めた。もちろん、これが即座に問題を解決してくれるわけではない。公爵家という強大な権力を相手に、愛人エリザベスと夫レオンの両方を敵に回すことになるのだから、ここから先は更なる危険と試練が待ち受けているのは容易に想像がつく。

 それでも、アイシャはもう後戻りしない。いずれ来る華やかな舞踏会の場で、自分が奪われてきた名誉と自由を取り戻し、冷たく覆いかぶさる“白い結婚”という檻を壊すために。長い苦悩を経て、ようやく手にした“逆転の切り札”を握りしめ、彼女は心に誓う——「これは、わたしが私らしく生きるための戦いだ」と。


 夜明けが近づく頃、アイシャはエドガーと簡単な打ち合わせを終え、荷馬車を借りてこっそりと公爵邸に戻っていった。いつもなら大きな寝室にひとりきりで眠れない夜を過ごすところだが、この日は奇妙なくらい心が落ち着いている。翌朝になれば、また冷めきった夫婦の“見せかけ”の生活が始まるのかもしれない。それでも、アイシャの胸には確信があった。もう、逃げ場のない崖っぷちから一歩踏み出したのだ。後はしっかりと足を踏ん張り、事実を武器に正々堂々と立ち向かうだけ——そう信じるだけで、空の彼方から射し込む薄青い光が、希望の夜明けを告げているかのように思えた。


 果たして、次に訪れる社交界の大舞台で、アイシャは彼らの悪行を暴き、堂々と逆転の一手を放つことができるのか。そして、その先に待つのは破滅か、あるいは新たな未来か。いずれにしても、この夜に掴んだ証拠が、アイシャの人生を大きく変える鍵であることに間違いはなかった。全ては次の一手——華やかな舞踏会の場での大勝負へと繋がっていくのだ。



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