季節の移ろいとともに、アイシャの人生もまた新たな章を迎えようとしていた。かつての「白い結婚」に囚われていた頃、彼女は自分の人生に何の可能性も感じられず、ただ孤独を噛みしめるばかりの日々を送っていた。しかし、レオンとの離婚が成立し、自分で選び取った道を歩み始めてからは、驚くほど心が軽くなり、世界が広がっていくのを感じていた。
離婚後の生活の拠点はひとまずルメート侯爵家の一角に置くことになったものの、両親のもとに完全に舞い戻るわけではなく、“一人の女性としての自由”を手にしたアイシャは、自分が本当にやりたいことを探し始めていた。侯爵家の領地を回り、農村や港町を実際に歩いてみれば、古くからの慣習に縛られた地方もあれば、新しい技術を取り入れ、活発な取引を行っている商人たちもいる。それらの現場を目にするたび、彼女は「貴族の枠に囚われない働き方、暮らし方は、きっとほかにもあるはずだ」と気づく。
もともとアイシャは、幼少期から厳しい礼儀作法や学問を叩き込まれ、貴族たる者の“体裁”を重んじる教育を受けてきた。しかし、冷たい結婚生活を経てわかったのは、体裁ばかりに囚われていれば、心までも凍りついてしまうということだ。政略結婚の道具になり、夫には愛人がいて、誰ひとり味方になってくれない――そんな状況から抜け出せたのは、自分の意志で行動したからにほかならない。
だからこそ、今のアイシャは「自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の耳で人の声を聞く」ことを大切にしている。ルメート侯爵家の娘としての義務はあるが、それに縛られすぎるつもりはない。一方で、まったく無責任に家を飛び出して孤立するような生き方も望んでいなかった。生まれ育った血筋と知識を活かしながら、それでも自分なりの新しい人生を模索したい――それが彼女の正直な思いであり、現在の行動指針だった。
そんなアイシャを支えているのが、王宮騎士エドガー・グレンスフィールドの存在である。幼なじみであり、苦しいときに手を差し伸べてくれた大切な人。公爵家の陰謀を暴く過程でも助力し、離婚後も常に彼女を気遣ってくれている。両親や周囲の人々は、「公爵と離婚した娘が王宮騎士と親しくするなんて」と噂する者もいるが、アイシャ自身はもはや外野の声に振り回されるつもりはなかった。なぜなら、エドガーとは一切の駆け引きや形式的なしがらみを抜きにして、真正面から心を通わせられる関係だと確信できるからだ。
エドガーがこまめに侯爵家を訪ねてくれることもあれば、アイシャが王都に出向く際に彼が時間を割いてくれることもある。そんな小さな積み重ねが、二人の日常を自然に結びつけていた。別に大袈裟に愛を語り合うわけでもなく、同居しているわけでもない。ただ、互いのスケジュールが合うときに、どちらからともなく連絡を取り合って食事をしたり、近況を報告したり――その一つ一つの行為が、かけがえのない幸せを育んでいた。
アイシャは以前、公爵家での暮らしが息苦しかった反動もあってか、「二度と結婚なんてしたくない」と思っていた時期もある。しかし、エドガーと過ごす時間が増えるうちに、そんな頑なな考えは少しずつ溶かされていった。彼が見せる誠実さと、決して押し付けがましくならない思いやりが、いかに大きな安心感をもたらしてくれるかを知ったのだ。
ある日の午後、アイシャは侯爵家の応接室で手紙の整理をしていた。地方の商人たちとの取引や、領内の騎士団が要望する武器の調達など、やらねばならない事務作業が山積している。公爵家で「お飾りの夫人」をしていた時期とは打って変わり、今はそれらの書類に目を通すことすら、彼女にとっては充実の時間だった。すると使用人が駆け込んできて、「エドガー様がいらっしゃっています」と伝えてくる。
慌てて応接室を片付けようとしたところ、すでにエドガーは扉の前までやってきていた。その姿を見て、アイシャは無意識に微笑んでしまう。騎士の制服に身を包んだエドガーはどこか凛々しく、それでいて穏やか。公爵家の華やかな衣装を纏ったレオンとは全然違う。彼を見ているだけで、心が静かに温かくなるのだ。
「急に来てしまってごめん。近くで仕事があったもので、少しだけ休憩に寄らせてもらえないかと思って」
「いいえ、そんな。むしろ大歓迎よ。……お茶でもどう?」
アイシャの提案に、エドガーは嬉しそうに微笑む。二人は使用人が用意してくれたお茶と菓子を味わいながら、最近の出来事や領地の動向などを語り合った。
「公爵家を出てからも、けっこう忙しそうだな」とエドガーが笑うと、アイシャも苦笑まじりにうなずく。
「ええ、正直なところ忙しいわ。離婚後に実家へ戻ったといっても、昔のように母の言う通りにお茶会で優雅に過ごしていればいいわけじゃないし、わたし自身の意志でやりたいことが増えたから……。領地の商人や農民に会いに行くのも楽しいわよ。数字の管理がどれだけ大変かなんて思いもしなかったけれど、案外わたし、そういう細かい作業が好きみたい」
それを聞いたエドガーは目を細め、心底感心したように頷く。
「いいことだと思うよ。貴族としての血筋や家柄を生かしつつ、それに縛られない生き方を模索するのは大変だろうけれど、君ならきっと上手くやれる。……何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。俺は王宮騎士だから制度面の知識もあるし、何より君を助けたいと思ってるからね」
その言葉に、アイシャは胸が温かくなる。かつて公爵家で孤立していた頃、誰も自分を気遣ってくれる人などいなかった。いまこうしてエドガーが「助けたい」と言ってくれることが、どれほど心強いか――思わず言葉にならない想いが込み上げてくる。それが惹かれ合う感情だと自覚しても、彼女はまだ、慎重に一歩ずつ確認していきたいのだ。焦って何かを決める必要も、もう誰からも課されていないのだから。
エドガーは短い休憩を終えたあと、再び勤務に戻るために屋敷を後にした。アイシャは使用人たちに見送られながら、静かに彼の後ろ姿を見つめる。心のどこかで「もう少し一緒にいたかった」と思いながらも、こんな少しの時間でも会えることが嬉しい。貴族の枠に囚われず、自分らしく過ごせる人生を歩む――そのうちの大きな要素として、エドガーの存在が彼女の中で急速に大きくなっていた。
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平和で穏やかな日々
そんなある日、アイシャは思いきって領地を離れ、王都近くの小さな湖畔まで足を伸ばしてみることにした。貴族の娘がふらりと訪れるには少し地味な場所だが、昔から“静かな避暑地”として一部の人々には知られているという話を聞いたからだ。特に上流貴族が多く集まるようなリゾートではなく、隠れ家のようにひっそりとした雰囲気が残っているらしい。
そういう場所だからこそ、形式や儀礼に縛られず、ゆっくりと自分を見つめ直す時間が持てる気がした。もし可能なら、エドガーにも声をかけてみたいが、王宮の騎士として忙しい身分だから、そう簡単には日程が合わないだろう――そう思っていた矢先、偶然にも彼から「しばらくまとまった休暇が取れそうだ」という手紙が届く。
これは何かの巡り合わせかもしれない。アイシャは意を決して、エドガーを湖畔の静かな宿へ誘う手紙を書いた。別に二人だけで宿泊するわけではなく、あくまで休息の一環としてしばらく自然豊かな場所で静養してみてはどうかと持ちかけるのだ。彼女自身も、家を離れて一人で過ごすには不安もあるし、まったく知識のない地域に出向くなら騎士である彼がいてくれれば心強い。それが表向きの理由だったが、正直なところ、「ただ一緒に過ごせる時間を作りたい」というのが本音でもある。
そして休日、エドガーは驚くほどあっさりとその誘いに応じ、アイシャと合流するため湖畔の小さな村へとやってきた。村の入り口には古びた看板があり、宿屋が一軒、食堂が一軒、それに静かな森の先には涼やかな湖が広がっている。上流貴族の豪奢な避暑地とはまるで違う質素な空気が漂い、アイシャは胸が弾んだ。
「アイシャ、ここは本当に静かだね。王都の喧噪や貴族の社交界が嘘のようだ」
エドガーが辺りを見回しながら言うと、アイシャは頷きながら少し笑みを浮かべる。
「ええ、わたしも初めて来るから道がよくわからないけれど……こういう場所なら、余計な礼儀を意識せずに過ごせるでしょう?」
そうして二人は荷を降ろし、宿屋の主人に挨拶をしてから、まず湖を一周してみることにした。舗装されていない細い道を歩きながら、鳥のさえずりと水面を渡る風の音が耳をくすぐる。村人が見えるのは遠くのほうで農作業をしている人々だけ。都会の喧騒とも貴族の社交場とも全く違う、その素朴な静けさに、アイシャの心は満たされていく。
「そういえば、わたし、貴族として生まれてから一度もこういう場所をちゃんと歩いたことがなかったわ。小さい頃に少しだけ屋敷の庭を駆け回ったりはしたけど、ここまで自然の中でのんびりする機会はなかった気がする」
アイシャがしみじみと呟くと、エドガーは優しい眼差しを向ける。
「君は常に“貴族令嬢”という肩書きに囚われてきたからね。今は離婚をして自由になったとはいえ、その名残はまだあるだろう。でも、こうして自然のなかを歩いていると、肩書きなんて些細なものだと感じる。俺は、生まれた家柄が低いわけじゃないけど、騎士団の訓練では足腰を鍛えるためにこういう野山を走ったりするから、すごく落ち着くよ」
そう言いながら、彼はアイシャの手をそっと取り、道のわずかな段差を乗り越えられるよう助けてくれる。以前のアイシャなら、男性に手を借りるだけで余計な誤解を恐れたかもしれない。しかし、今は素直にその優しさを受け取り、自分からも手を伸ばせる。小さく触れ合う指先から伝わる温もりに、心が穏やかな喜びで満たされるのを感じる。
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互いに支え合う関係の確立
こうして湖畔の村で数日を過ごす間、アイシャとエドガーは互いに支え合う関係をより深めていった。といっても、特別なことをするわけではない。朝は少し早起きして、宿屋の簡素な食堂で朝食を摂る。昼は気ままに村を散策し、地元の人々と言葉を交わす。夕方には湖のほとりで小さな焚き火を囲み、穏やかな風を感じながら軽い食事をする。そんな“何気ない日常”を共にすることが、彼女には新鮮だった。
かつて公爵家で“形式ばかりの新婚生活”を送っていたころは、豪華な晩餐会に参加していても、その空気の冷たさや孤独感は拭えなかった。夫は愛人にかまけて自分を省みることもなく、使用人も皆エリザベス寄りで、屋敷の隅々にまで張り詰めた嘘が渦巻いていた。あの“寒さ”に比べれば、質素でも本当に気兼ねなく心を許せるこの時間が、どれほど尊いか――アイシャは改めて思い知る。
エドガーもまた、王宮騎士としての激務から離れ、久しぶりに心身を休めることができているようだった。彼は剣を片手に適度な訓練を行いつつも、夕方になると「明日はどこへ散歩しようか」とアイシャに声をかける。そのたびにアイシャは笑顔で応じ、一緒に緑の小道や湖の周囲を歩き、時には大きく深呼吸をして自然の香りを味わう。耳をすませば、小鳥や昆虫の声が微かに聞こえ、遠くに水鳥の姿も見える。そんな“当たり前の風景”を、かつての彼女はほとんど知らずに生きてきたのだ。
そしてこの数日間、エドガーと過ごす中でアイシャは、自分がようやく“他人と生きる喜び”を見いだせるようになったと感じていた。政略結婚でなく、愛人関係でもなく、本当に対等に支え合えるパートナーとしてエドガーを見つめられる。もしこの先、さらに一歩を進めて“一緒に暮らす”という選択をするなら、それは“互いの心が望むがまま”だろう。それを思うだけで、頬が染まるような幸福感がじんわりと込み上げてくる。
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旅の終わりと新たな日常
そんな穏やかな時間も、エドガーが王宮へ戻る日が来て終わりを告げた。彼には騎士としての職務があり、長期間の休みは取れない。しかし、アイシャとしては十分すぎるほど幸せな時間を味わった。彼女がこうした“休暇”を享受できるのも、ルメート侯爵家の家業をきちんと進めつつ、それでもある程度の裁量を持って働いているからだ。貴族であるがゆえに許される身分ではあるが、その分、今後はさらに責任ある行動が求められる。
「エドガー、ありがとう。本当に、こういう時間はわたしにとって夢みたいだったわ。……また落ち着いたら、一緒に何か計画しない?」
別れ際、馬に跨がろうとするエドガーへ、アイシャは少し寂しげな笑みを向ける。彼は頷きながら、真剣な表情で答えた。
「もちろん。俺も、ここで過ごした数日は宝物のように感じてる。……任務が一段落したら、また来るよ。君の領地のことも手伝いたいし……それだけじゃなく、君の笑顔を見たいんだ」
アイシャは胸が熱くなり、返す言葉も見つからないまま小さく頷く。かつての彼女なら、この“愛の囁き”をどう受け止めてよいか分からず、戸惑うだけだったかもしれない。しかし、今は違う。自分の心が確かに彼へ向かっていると感じるし、もう何も恐れる必要はないと思える。公爵家での苦痛を乗り越え、離婚を経て、今度こそ“本当の愛”を知りたい、育みたいという意志がはっきりと芽生えているのだ。
こうして湖畔の静かな村での休暇を終え、アイシャとエドガーはそれぞれの日常へ戻った。だが、この数日間の経験は二人の距離を確実に縮め、互いが互いを支え合う関係を築く大きなきっかけとなった。彼らにとって“恋人”という言葉だけでは足りない、“人生の相棒”とも言えるような深い絆が芽生え始めている。もちろん、まだ正式に「婚約」などとは行かないし、貴族社会の反応も読めない。しかし、何より大事なのは、彼女が“貴族の枠にとらわれない自由”を得て、彼と“平和で穏やかな日々”を分かち合えているという事実だ。
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互いに支え合う新しい関係
アイシャはこうして、貴族の家に生まれながらも“形式やしきたり”に囚われすぎず、自分の意思で生きる道を歩み始めた。離婚前までは想像もできなかった自由と、エドガーという心強いパートナーの存在が、彼女の未来を優しく照らしている。かつては薄暗く感じていた夜空の星も、今では希望に満ちた光として瞳に映るようになった。
今やルメート侯爵家の内外から「アイシャ様は本当に変わった」「白い結婚で失ったものが多いのに、あれほど前向きに生きられるなんて凄い」と話題になるほど、彼女は生き生きと行動している。もちろん、そこには陰口や嫉妬も混じっているかもしれない。しかし、アイシャはそんな雑音に耳を貸すつもりはなく、自分の幸せを自分で掴むために歩むのみだ。
エドガーと過ごす時間は、決して派手でもなく、謎めいているわけでもない。むしろ、日常の些細な会話や、ちょっとした家業の相談、あるいは一緒に自然の中を歩くひとときこそが、彼女には何より貴重に思えた。貴族の家同士の派手なパーティや、豪勢な晩餐会とは無縁の、静かで穏やかな日々――それが彼女の心を癒し、勇気をくれるのだ。
こうして、“貴族の枠にとらわれない自由な人生を模索し始める”アイシャと、“王宮騎士として正義感と優しさを兼ね備えた”エドガーは、ゆっくりと互いの絆を育んでいる。かつて見失っていた“自分らしさ”を取り戻し、愛情を知る。物語はまだ先へと続くが、今はこの“新しい関係の始まり”こそが、アイシャの一番の宝物であり、明日への希望でもあった。
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星降る未来を目指して
夜が更けると、どこかで虫たちの声がかすかに鳴り、星々がきらめく空が広がる。公爵家の屋敷で過ごしていた頃、アイシャは窓から見える夜空を眺めながら、ただ孤独に涙をこぼしていた。しかし今、同じ夜空を見上げても、そこには不思議な安堵と希望が芽生える。
「いつかこの星空の下で、わたしは本当の幸せを噛みしめる日が来るんだわ――」
そんな予感さえ抱けるようになったのは、エドガーという支えと、自分自身が貴族の“拘束”を脱して生きようと決意した結果にほかならない。
もちろん、貴族としての責任が完全に消えるわけでもなく、両親や周囲との折り合いをつけなければいけない問題も山積している。領地の経営もまだ手探り状態で、難題がいくらでも転がっている。しかし、いまのアイシャには「自分で考えて解決してみせる」という強い意志がある。必要ならエドガーに相談し、両親や使用人たちを説得する。そうやって地道に進んでいく日々は、白い結婚の檻に閉じ込められていた頃より、はるかに自由で、やりがいに満ちたものだった。
こうして、アイシャは貴族の枠を超えた自由な人生を実践し始めている。エドガーとの間には穏やかな関係が築かれ、互いを尊重し合いながら“二人だけの物語”を紡ぎ始めている最中だ。その物語は、かつての“白く冷たい契約”ではなく、心が通い合う“暖かな絆”によって支えられている。公爵家で味わった痛みや屈辱は、アイシャをさらに強く、そして優しくしてくれたと言えるだろう。
夜更け、侯爵家の窓から空を見上げるアイシャは、エドガーとの日々を思い出しながら微笑む。あの舞踏会以来、人生はどれほど変わっただろう。かつてはあの冷たい廊下で凍えるしかなかった自分が、いまは想像もできなかった喜びを感じている。自分の足で歩き、自分の心で愛を選ぶ――それがこれほど温かく、力強いことなのだと教えてくれたのは、苦難の果てに手に入れた自由とエドガーの誠意だった。
星々は何も語らない。ただ静かに輝き、遠くから見守っているように思える。アイシャはその光に向かって、小さく誓いを立てるのだ。「もう二度と、自分の人生を他人に委ねたりしない。自分の手で幸せを掴む。エドガーと穏やかな日常を築きながら、さらなる未来を見据えていくんだ」と。
そう考えると、不安よりも期待のほうがずっと大きく感じられた。いま隣にいるのが、かつてのように“愛のない夫”でなく、心から信頼できるパートナー――エドガー――であるという事実が、これまでの苦しみを癒し、新しい希望を与えてくれる。
そして、そんなアイシャの変化は、貴族社会にも少しずつ波紋を広げている。離婚した娘が家に戻り、自由を得て活躍している――それは、古い慣習を重んじる一部の貴族にとっては眉をひそめる出来事だろう。一方で、それを面白がる者や、新しい時代の到来を感じる者も少なくない。アイシャは賛否両論の評価を受けながらも、きっぱりと「わたしはわたしの道を歩む」と宣言し、エドガーも「彼女のためなら何でもしてやりたい」と肚を括っている。
それこそが、二人の“新しい関係”の始まりだ。誰に定義された恋愛でも、政略でもない、ただ“お互いを想い合う”という極めてシンプルな真実が、二人を結びつけている。その上で、お互いの将来を尊重するからこそ、焦りも強制もない。ゆっくりと時間をかけて進むことで、より深い絆を築けると二人とも信じていた。
――そうして訪れる平和で穏やかな日々。彼女はもう、冷たく白い檻の中で傷つくことも、押し付けられた役割に喘ぐこともない。自分で選んだ新しい人生は、どんな波乱が待ち受けようとも、自分の足で立ち向かえるだけの強さを与えてくれる。エドガーと過ごす時間は短くとも、互いを思いやる気持ちがしっかりと根を張り、“二度と失いたくない大切な存在”となりつつある。
こうして、アイシャは“貴族の枠にとらわれない自由な人生”を選び、エドガーと共に平和で穏やかな日々を紡ぎ始めた。互いに支え合う関係は、かつて知り得なかった温もりを彼女にもたらし、かつての“白い結婚”からは想像もできないほど大きな幸福感を抱かせる。今はまだ旅の途中だが、星降る夜空の下で、二人の物語は確かに輝きを帯びている。これまでは足枷のように感じていた貴族の肩書きも、今では“活かすも捨てるも自由”という捉え方ができるようになった。すべては彼女自身の選択次第――そして、その傍らにはエドガーという、同じ夢や希望を分かち合うパートナーがいる。
すべての過去を否定するわけではない。公爵家で味わった痛みや裏切りは、アイシャを強く成長させたし、彼女の視野を広げるきっかけにもなった。あの苦しみがなければ、いまの自由や愛の尊さを実感することはなかっただろう。だからこそ、星空を見上げるたびに、彼女は過去に囚われるのではなく、その痛みをバネにして輝きたいと心に誓う。
自由な生き方を求めるからこそ、同じように願う人たちと巡り合い、理解し合えるときがくる――そんな未来への希望が、彼女の胸に確かな灯火をともしている。それは決して大仰な野望などではなく、ただ“自分の人生を自分で創り出す”という最も単純で、最も難しい道だろう。でもエドガーとなら、一歩ずつ前に進める。焦らず、お互いを尊重しながら、いつか“星降る未来”の下で本当に望む姿を形にしていけるはずだ。
この第5章は、アイシャが“新しい関係の始まり”を体現し、エドガーと共に平和な日々を歩み出す姿を描いている。白い結婚によって心を凍らせていた彼女は、いまやその檻を破り、世界の美しさや人間の温かさを全身で味わう女性へと変貌を遂げた。どれほど穏やかで静かな日々であっても、かつての孤独とは全く違う。愛する人と目線を合わせ、道を探り合う時間はかけがえのない宝物だ。
果たして、二人が歩む未来はどこへ続くのか。物語はまだ旅の途中だが、星空はいつでも彼らを見守り、希望の光を与え続けてくれる。すべては、かつて冷たく閉ざされていたアイシャの心が、もう一度人を信じ、愛を求めることを決意した瞬間から始まった。そう、星が降り注ぐ未来への扉は、彼女自身が開けてみせる――そして隣には、同じ星を見つめて歩むエドガーがいる。この新しい関係の始まりこそが、アイシャの真の旅立ちであり、心安らぐ幸せの日々の第一歩なのだ。